制度・ニュースメモ04|「もっと生きてほしい」と願う家族のそばで

施設での看取り支援

看取り支援は、亡くなる直前の対応だけを指すものではありません。

そこには、本人のこれまでの生活があり、家族の揺れる思いがあり、日々関わってきた職員の感情があります。

「もう少しだけ生きていてほしい」
「これでよかったのでしょうか」
「最後まで、本当に頑張っておられました」

そうした言葉の中に、看取り支援の本質が見えてくることがあります。

今回は、施設での看取り支援について、制度の話だけではなく、家族・職員・専門職の心の動きから考えてみたいと思います。

1. 看取りは「亡くなる直前」だけの支援ではない

家族の心は、すぐには追いつかない

医師や施設職員から、

「回復は難しいかもしれません」
「看取りの時期に入っていると考えられます」

と説明を受けたとしても、家族の心がすぐに追いつくとは限りません。

頭ではわかっている。
年齢のことも、病状のことも、食べられなくなってきたことも、わかっている。

それでも、

「もう少しだけ、生きていてほしいんです」

という思いは残ります。

大切な人を失うかもしれない現実の前で、家族の心が揺れているのです。

2. 家族の言葉は、整理されていなくて当然である

「苦しませたくない」と「長く生きてほしい」は同時にある

看取りの場面では、家族の言葉が揺れることがあります。

「苦しませたくないです」
「でも、できることはしてほしいです」
「自然に見送りたいです」
「でも、何もしないのはつらいです」
「施設でお願いすると決めました」
「でも、本当にそれでよかったのでしょうか」

このような言葉を、専門職が急いで整理しすぎると、家族の本当の思いを取りこぼしてしまうことがあります。看取り支援において大切なのは、家族に「受け入れてもらう」ことだけではありません。むしろ、受け入れられない気持ちも含めて、その人を大切に思う家族の言葉として受け止めることです。

家族の心境の揺れ動き

家族の揺れの奥には、多くの場合、

・後悔したくない
・苦しませたくない
・でも、まだ一緒にいたい
・大切にされて最期を迎えてほしい

という願いがあります。専門職は、その言葉の表面だけではなく、奥にある願いを聴く必要があります。

3. 職員にとっても、看取りは怖い

日々関わってきたからこそ、心が動く
看取りは、介護職員にとっても、怖いものであり、迷う経験

・「この対応でよかったのか」
・「もっと声をかけられたはず」
・「食べられない姿を見るのがつらい」
・「夜勤中に急変したらどうしよう」
・「家族に、何と声をかければいいのだろう」

介護職員は、医療職とは違う立場で、その人の生活に深く関わっている

・食事の様子
・排泄のタイミング
・入浴のときの表情
・好きだった飲み物
・よく話していた家族のこと
・機嫌のよい日、怒った日、笑った日

そうした日々を知っているからこそ、最期へ向かう過程には、職員の心にも葛藤を生じさせます。

専門職にも、人としての感情がある

専門職である以上、冷静な判断や記録、連携は必要です。しかし、冷静でいることが正しいわけではありません。

・悲しい
・怖い
・迷う
・これでよかったのかと思う

その感情を抱えながらも、本人と家族を前に立ち続ける。そこに、看取り支援に関わる専門職の難しさがあります。

4. 制度は、現場の思いを支えるため

看取り介護加算は「亡くなったから算定するもの」ではない

介護保険制度では、施設やサービス種別に応じて、看取り介護加算やターミナルケア加算、看取り連携体制加算などが位置づけられています。令和6年度介護報酬改定でも、「看取りへの対応強化」が示され、訪問入浴介護、訪問看護等、居宅介護支援、短期入所生活介護、介護老人保健施設、介護医療院などで、看取り期の利用者への対応や医療・介護連携に関する見直しが行われています。

制度はチームケアの枠組みの一つ

ただし、制度は目的そのものではありません。

説明、同意、記録、医師との連携、看護職との連携、職員研修、方針の共有。これらは、本人、家族、職員が大きく揺れる看取りといつ場面だからこそ、チームとして支えるための枠組みです。

人生の最終段階における医療・ケアについて、厚生労働省のガイドラインでは、本人への適切な情報提供と説明を前提に、本人と医療・ケアチームが十分に話し合い、本人による意思決定を基本として進めることが重要とされています。また、本人の意思は変化しうるため、家族等も含めて話し合いを繰り返すこと、話し合った内容を文書にまとめることも示されています。

制度は、冷たい事務手続きではありません。日々変化する現場を、独りよがりにしないための骨組みでもあります。

5. 日々の介護は、すべて看取りのときのため

日々のケアで、人生を知っていく

看取り支援は、亡くなる直前に突然始まるものではなく、施設に入所した日からはじまるともいえます。

・どんな声かけに安心するの?
・どの職員には冗談を言うの?
・何を食べると表 笑顔になるの?
・家族とはどんな生活だったの?
・不安なときは、どんなことをするの?

食事介助、排泄介助、入浴介助、移乗介助。介護の仕事は、ともすれば、ADLの支援として見られます。

QOL(生活の質、その人らしさにもつながる)に気づいていく

看取りの場面で振り返ると、日々行われるADLのケアは日常の介護だけではなかったことに気づきます。

・その人が、どう食べていたか
・どんなふうに笑っていたか
・何を嫌がり、何を喜んでいたか
・誰の言葉に安心していたか

日々の介護は、その人の人生を知る時間でもあったのです。だからこそ、看取りの時期に入ったとき、職員は「この人らしく過ごすにはどうしたらよいか」を考えることができます。

「あぁ、いい人生だった」。そうおもってもらえるよう、日々の介護があるともいえます。

6. デスカンファレンスで、その人の人生が語られる

職員の言葉が、家族の悲しみに届くことがある

看取りの後、職員で振り返りを行うことがあります。いわゆるデスカンファレンスです。それは、単なる反省会ではありません。

デスカンファレンスにおいて、ご家族も交える中で、ある職員が涙を流しながら、

・「本当に優しい方だったんです」
・「最後まで頑張っておられました」
・「声をかけると、ちゃんと反応してくださっていました」
・「私たちも、たくさん教えていただきました」

その言葉を聞いた家族が、涙を流されることもあります。

・「施設でどんなふうに過ごしていたのか、少しわかった気がします」
・「みなさんが大切に関わってくださっていたことが伝わりました」
・「ここで最期を迎えられて、本当に良かった」

このような場面には、看取り支援の大切な意味が表れています。職員の言葉によって、家族は「施設での生活」を知ることができます。家族の言葉によって、職員は「自分たちの介護の意味」を受け取ることができます。そこでは、最期を迎えた方の人生史の一幕となるのです。

7. 看取りは、介護職に何を教えてくれるのか

介護は、人生の最終章に関わる仕事

看取りを経験すると、介護職員は改めて気づきます。自分たちが支えていたのは、食事や排泄や入浴だけではなかったのだと。

・その人の生活
・その人の関係
・その人の安心
・その人の最期の時間
・その人を大切に思う家族の気持ち

介護職員は、施設での生活からその方に関わります。それまでの人生のことはまだ知りません。でも、入所し、生活し、関係をつくり、状態が変化し、最期を迎え、その後に家族とともに振り返る。この流れを経験することで、人をADLだけではなく、QOL、つまりその人の人生全体として見る視点が育っていきます。

看取りは、介護職にとってつらい経験でもあります。しかし同時に、介護という仕事の意味を深く教えてくれる経験でもあります。

8. 看取りは、最期まで生きることを支える支援

揺れる心のそばに立つこと

看取り支援は、人生の最終段階にある方が、最期の瞬間まで一人の「人」として大切にされるための支援です。

・家族は戸惑い、受け入れがたいときもあります
・職員も怖さ、やるせなさ、不安、でも仕事だからと割り切れない感情があります
・専門職も、チームの体制や実力を踏まえながら、意思決定支援に迷うことがあります

それでも、これまでの人生に敬意を払い、家族の思いを受け止め、チームで支え続ける。その積み重ねの中で、施設での看取り支援は形づくられていきます。

制度や加算は、その支援を支えるための枠組みです。しかし、中心にあるのは、本人の人生であり、家族の思いであり、日々関わってきた職員のまなざしです。看取り支援とは、最期までその人らしく生きることを支える福祉実践なのだと思います。

参考資料