身体拘束は、身体を縛ることだけではない

医療や介護の現場では、安全確保を目的として、利用者の行動を制限することがあります。

身体拘束というと、ベルトやミトンなどを想像しやすいですが、行動を制限する方法はそれだけではありません。

身体拘束に含まれる行為

  • 道具で身体の動きを止める
  • 言葉で行動を止める
  • 薬で覚醒や行動を抑える
  • 環境によって移動できなくする

これらに共通するのは、本人の意思による行動の自由を狭めることです。

問うべきこと

何を使ったかではなく、本人が自分の意思で動き、選び、伝えられる状態にあるかを確認する必要があります。

スピーチロック

スピーチロックとは、言葉によって本人の行動を制限することです。

使われやすい言葉

  • 「立たないでください」
  • 「勝手に行かないでください」
  • 「今は無理です」
  • 「あとにしてください」
  • 「何度言ったら分かるのですか」

緊急時に危険を伝える声かけまで、すべてが不適切というわけではありません。

問題となるのは、本人の理由を確かめず、職員の都合で繰り返し行動を止める場合です。

行動には理由がある

本人が立ち上がったり、歩き出したりする背景には、次のような理由があります。

  • トイレに行きたい
  • 痛みや不快感がある
  • 家に帰りたい
  • 誰かを探している
  • 落ち着かない
  • 長く座っていることがつらい

支援の視点

「立たないで」と止める前に、「なぜ立とうとしているのか」を考えることが必要です。

ドラッグロック

ドラッグロックとは、薬によって本人の行動や意識を抑えることです。

薬物療法との違い

薬物療法そのものが問題なのではありません。

本人の症状や苦痛を軽減するために、適切な診断と評価に基づいて薬を使用することは必要です。

一方で、次のような目的が中心になると、行動抑制に近づきます。

  • 動かないようにする
  • 夜間に起きないようにする
  • 大声を出さないようにする
  • 職員が対応しやすくする

薬による影響

薬によって活動や覚醒が低下すると、次のようなリスクがあります。

  • 筋力低下
  • 食欲低下
  • 嚥下機能の低下
  • 転倒
  • せん妄
  • 日中の眠気
  • 生活リズムの乱れ

確認したいこと

「静かになった」「眠っている」という状態が、本人の安心や生活の改善を意味するとは限りません。

環境による行動抑制

行動は、道具や言葉だけでなく、環境によっても制限されます。

行動を制限する環境

  • ベッドを柵で囲う
  • 車いすを机に近づける
  • 出入口を分かりにくくする
  • 必要な物を手の届かない場所に置く
  • 一人では移動できない配置にする

環境調整には、二つの方向があります。

本人が安全に動ける環境

  • 手すりを設置する
  • 動線を分かりやすくする
  • 床の障害物を減らす
  • 適切な歩行補助具を使用する
  • 必要な物を手の届く場所に置く

本人が動けないようにする環境

  • 立ち上がれない配置にする
  • 出口から離す
  • 移動手段を使えなくする
  • 職員の許可がなければ動けない状態にする

両者の違い

前者は本人の行動を支えます。後者は本人を管理しやすくします。

安全確保と職員の負担

身体拘束や行動抑制は、多くの場合、安全確保を理由として行われます。

現場で想定される危険

  • 転倒、転落
  • 点滴やチューブの自己抜去
  • 他者への危害
  • 夜間の事故
  • 誤嚥や離床時の事故

安全を守ることは重要です。

しかし、現場には職員側の事情もあります。

職員が置かれている状況

  • 人員が不足している
  • 一人の利用者に付き添えない
  • 夜勤者が少ない
  • 複数の利用者へ同時に対応する必要がある
  • 事故が起きると責任を問われる
  • 家族から事故防止を強く求められる

拘束によって本人が動かなくなれば、見守りや対応は減ります。

そのため、身体拘束は安全確保だけでなく、結果として職員の負担軽減にもつながる場合があります。

本当に問うべきこと

本人の自由を制限しなければ成り立たない安全や人員体制を、そのまま支援の成果と考えてよいのでしょうか。

拘束によって得られるもの

身体拘束や行動抑制には、組織運営上の効果があります。

現場が得やすいもの

  • 利用者の行動を予測しやすくなる
  • 見守りの回数が減る
  • 業務を予定どおり進めやすくなる
  • 事故が起きていない状態を保ちやすい
  • 少ない人数でも対応しやすい

しかし、その反対側で失われるものがあります。

本人が失う可能性があるもの

  • 自分で動く機会
  • 自分で選ぶ機会
  • 思いを伝える機会
  • 生活上の役割
  • 人と関わる意欲
  • 自分の力を使う機会
  • 自分の人生を生きている感覚

拘束の本質

拘束によって得られるのは、管理のしやすさです。

拘束によって失われるのは、人間らしく生きるための条件です。

人のあるべき姿とは何か

福祉の目的は、人を事故なく管理することだけではありません。

その人が、自分の意思を持ち、自分の生活を送れるように支えることです。

人が生きるということ

人は生活の中で、次のようなことを行います。

  • 立つ
  • 歩く
  • 選ぶ
  • 断る
  • 失敗する
  • 誰かに頼る
  • 自分の思いを伝える

危険を完全になくすために、これらをすべて奪えば、生活そのものが小さくなります。

福祉に求められる安全

自由を奪って安全にするのではなく、安全に自由を行使できる条件をつくることが必要です。

本人を変える前に、環境を変える

拘束が行われる場面では、本人の行動を止めようとしがちです。

止めようとする行動

  • 立ち上がる
  • 歩き回る
  • 家に帰ろうとする
  • 大声を出す
  • 夜間に起きる
  • ケアを拒否する

しかし、その行動には原因や意味があります。

確認する内容

  • 痛み
  • 排泄
  • 空腹や口渇
  • 薬の副作用
  • 不安や孤独
  • 生活歴
  • 睡眠不足
  • 環境の分かりにくさ
  • 役割の喪失

本人の行動だけを止めても、背景にある苦痛は解決しません。

支援の順序

本人を変えようとする前に、環境や支援方法を変えられないかを検討します。

職員個人を責めない

身体拘束を減らすために、職員の倫理観だけを問題にしても解決しません。

職員自身も、安全と尊厳の間で葛藤しています。

職員が抱える葛藤

  • 転倒させたくないが、動きを止めたくない
  • 夜間の安全を守りたいが、薬で眠らせたくない
  • 本人の意思を尊重したいが、他の利用者にも対応しなければならない
  • 拘束を外したいが、事故後の責任が怖い

この葛藤は、個人の未熟さだけによって生じるものではありません。

組織で整えること

  • 多職種で代替方法を検討する
  • 事故を個人だけの責任にしない
  • 本人の行動の意味を共有する
  • 拘束解除の成功事例を蓄積する
  • 薬剤や環境を定期的に見直す
  • 職員が相談できる場をつくる

罪悪感を仕組みに変える

職員の罪悪感を個人に抱えさせるのではなく、ケアを見直すための組織的な対話につなげる必要があります。

拘束の反対は放任ではない

身体拘束をしないことは、危険を放置することではありません。

拘束以外の支援

  • 排泄のタイミングを確認する
  • 痛みや不快感を評価する
  • 日中の活動を増やす
  • 睡眠環境を整える
  • 歩行補助具を見直す
  • 本人が安心できる物や人を取り入れる
  • 生活歴に合った役割をつくる
  • 見守り方法を工夫する
  • 薬の必要性を再評価する

一つの方法ですべてが解決するわけではありません。

それでも、拘束以外の可能性を考え続けることはできます。

人を守るとは何を守ることか

人を守るとは、生命や身体だけを守ることではありません。

守るべきもの

  • 意思
  • 尊厳
  • 自由
  • 希望
  • 人とのつながり
  • 生活上の役割
  • その人らしさ

身体が安全でも、本人が何も選べず、何も伝えられないのであれば、十分な支援とはいえません。

福祉の目指すところ

人を管理しやすい状態にするのではなく、その人が自分の人生を生きられる状態を支えることです。

身体拘束、スピーチロック、ドラッグロック、環境による行動抑制を考えることは、支援者が人をどのような存在として見ているかを問い直すことでもあります。

安全のために人間らしさを失わせるのではなく、人間らしく生きるための安全をつくる。

それが、福祉実践に求められています。