介護の人手不足はケアの質にどう影響する?|利用者への影響と尊厳を考える
利用者へのケアには何が起こるのか
介護や福祉の現場では、 「利用者の尊厳を大切にすること」が繰り返し確認されます。
本人に説明する。希望を聞く。選んでもらう。返事を待つ。 生活習慣を知る。プライバシーに配慮する。 どれも特別なケアではありません。
では、人手が足りず複数の業務が同時に押し寄せるとき、 こうしたケアはどうなるのでしょうか。
nursing homeを対象とした研究では、職員配置とケアの質・安全との関連が検討されています。 一方で、職員数だけで質が決まるほど単純ではなく、 教育、経験、離職、職種構成、組織や管理体制なども考える必要があります。 PubMed|2023年 systematic review of reviews
人数は重要ですが、教育・経験・組織体制など複数の条件が関係します。
海外研究では missed care という概念で未実施・遅延するケアが研究されています。
業務、配置、連携、研修、相談体制まで含めて考える必要があります。
人手不足とケアの質の関係は複雑です。 また、本記事で紹介する missed care 研究の多くは海外の nursing home 等を対象としています。 日本の介護現場で同じ割合・同じ現象が起きていると断定するものではありません。
本記事では、国内の制度・統計と海外研究を区別しながら、 「質の高いケアを実践するために、どのような条件が必要か」を考えます。
1|介護の人手不足は、ケアの質を下げるのか
最初に、この問いへ慎重に答えておきます。
nursing homeを対象とした2023年の systematic review of reviews では、 職員配置と利用者の安全に関するアウトカムについて、 全体として望ましい方向の関連が示されました。 一方、研究ごとに職員配置や「質」の測定方法が異なり、 どのような仕組みで結果につながるのかについては限界も指摘されています。 研究概要をPubMedで確認する
2011年の systematic review でも、 職員数だけでなく、離職、派遣職員の利用、職員の教育・経験、 ケアの組織化や管理などを含めて検討する必要性が指摘されています。 Nursing home staffing and quality systematic review
多くの研究で検討されていますが、アウトカムや測定方法には違いがあります。
経験、教育、職種構成、離職、管理、組織環境なども関係します。
人員・時間・組織的資源が制約されたとき、何が起こり得るかを考えます。
「人手不足だから質が悪い」と評価するよりも、 「人員や時間が限られた状況でも、本人中心のケアを実行できる仕組みになっているか」 と問う方が、現場改善につながります。
2|介護現場の人手不足は、どこまで進んでいるのか
厚生労働省は、第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数を公表しています。 2022年度の介護職員数は約215万人であり、 将来必要となる人数は次のように推計されています。 厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」
272万人は、2040年度に必要と推計されている介護職員数です。 2022年度との差を、そのまま現在の不足人数として扱うことはできません。
また、厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析」では、 介護事業所について「良質な人材の確保が難しい」ことに加え、 書類作成による時間圧迫や、 教育・研修時間を十分に確保できないことも課題として整理されています。 厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析」
3|「尊厳を守るケア」を、具体的な行動にすると
介護保険法第1条では、 介護を必要とする人が 「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」 必要なサービスを提供することが制度の目的として掲げられています。 厚生労働省法令等データベース「介護保険法」
しかし、「尊厳を大切にしましょう」という理念だけでは、 日々の介護行為は変わりません。
制度上の理念を実際のケアへ翻訳すると、 例えば次のような行動として現れます。
上の8項目は厚生労働省が定めた公式の8項目ではありません。 介護保険法の理念や、本人主体・自己決定・生活習慣への配慮といった介護実践を、 福祉教育ラボが現場で確認できる行動へ整理したものです。
4|人が足りないと、なぜ「待つ・聞く・選ぶ」が難しくなるのか
厚生労働省は、介護分野の生産性向上を、 単に「少ない職員で多くの業務をこなすこと」とは整理していません。
「一人でも多くの利用者に質の高いケアを届けること」を目的とし、 生産性向上を「介護の価値を高めること」と位置づけています。 業務改善によって生まれた時間についても、 利用者へ向き合う時間や、ケアの質を考える時間へ振り向ける考え方が示されています。 厚生労働省「介護サービスにおける生産性向上とは」
厚生労働省の時間・生産性向上に関する資料、 missed care研究、 本人主体・尊厳という福祉実践の考え方を接続し、 福祉教育ラボが構造を理解するためのモデルとして整理しています。
5|研究でいう「missed care」とは何か
必要だと考えられているケアが提供されない、 一部しか提供されない、 または予定より遅れて提供される現象を扱う研究概念です。
2026年に公表された nursing home を対象とする systematic review では、 9研究を分析し、missed nursing care の内容や背景要因を整理しています。 PubMed「Missed Nursing Care in Nursing Homes and Causes」
そのレビューで頻繁に報告されたケアには、 次のような生活の基本に関わるものが含まれていました。
主な背景要因としては、 職員不足、利用者のケアニーズの複雑さ、 利用できる資源の不足などが報告されています。
この systematic review は主として海外の nursing home 研究を対象としています。 日本の介護施設で同じ内容・同じ頻度の missed care が起きていることを示す資料ではありません。 本記事では、人員・時間・資源制約とケアの実施条件を考える研究概念として参照しています。
6|忙しいとき、何が後回しになり得るのか
2022年の高齢者ケア・community healthcareに関する scoping review でも、 さまざまな missed care が報告されています。 PMC「Missed care in community and primary care」
研究で扱われている内容には、 トイレ介助、口腔ケア、移動支援、 利用者からの呼び出しへの対応などがあります。 また、研究によっては利用者と話すことや心理的支援も、 未実施になりやすいケアとして報告されています。
nursing home研究では、食事・移動・清潔など、 日常生活を支える基本ケアそのものも missed care として報告されています。 付加的なサービスだけの問題として捉えないことが重要です。
福祉実践へ置き換えると
本来なら本人へ「今日はどちらを着ますか」と尋ねるところを、 時間がないため職員が決めてしまう。
本人が時間をかければできる動作を、 次の介助を急ぐため全面的に介助してしまう。
次の業務があるため、 本人が食べるペースより職員側の予定を優先してしまう。
本人のタイミングではなく、 職員が対応できる時間を中心に誘導してしまう。
missed care研究が示す「必要なケアの未実施・遅延」という構造を、 福祉教育ラボが日本の介護実践を振り返るための具体例へ置き換えたものです。
7|小さな省略が「この職場の普通」になるとき
忙しい日に一度だけ説明が短くなった。 それだけで「尊厳が守られていない職場」と断定することはできません。
注意したいのは、それが繰り返され、 「忙しいから仕方ない」 「みんなこうしている」 という職場の標準になっていく場合です。
また、不適切なケアや虐待を人手不足だけで説明することもできません。
厚生労働省の令和6年度高齢者虐待調査では、 養介護施設従事者等による虐待事例について、 組織運営上の課題が複数報告されています。 厚生労働省「令和6年度 高齢者虐待の対応状況等」
| 組織運営上の課題 | 割合 |
|---|---|
| 職員の指導管理体制が不十分 | 61.9% |
| チームケア体制・連携体制が不十分 | 53.9% |
| 職員研修の機会や体制が不十分 | 45.2% |
| 職員が相談できる体制が不十分 | 42.7% |
| 業務負担軽減に向けた取組が不十分 | 37.8% |
| 職員間の関係・コミュニケーションが取りにくい | 37.8% |
これらは複数回答による分析です。 職員個人についても、知識、倫理観、ストレス、 認知症ケアの知識・技術、業務負担など複数の要因が示されています。
虐待等が起きる背景は複合的です。 個人の知識・倫理だけでも、職員数だけでも説明できません。 管理、連携、研修、相談、業務負担など組織の状態を含めて見る必要があります。
8|人手不足だから、不適切なケアが許されるわけではない
ここは明確に分けて考える必要があります。
「なぜその行為が起きたのか」を説明することと、 「その行為は仕方がなかった」と免責することは同じではありません。
介護保険法が尊厳の保持を基本に置いている以上、 「忙しいから本人に説明しなくてよい」 「人が足りないから本人の希望を聞かなくてもよい」 という結論にはなりません。
一方で、 「もっと丁寧に介護してください」 「利用者の気持ちを考えてください」 と個人へ求めるだけでも解決しません。
倫理、知識、コミュニケーション技術、 本人主体の理解、虐待防止、専門職としての振り返り。
人員配置、役割分担、業務設計、相談体制、 チーム連携、教育時間、管理、業務負担の軽減。
個人の専門職責任を保ちながら、 その専門性を実践できる職場条件についても問う。 この二つを同時に見ることが必要です。
9|尊厳を守るために、組織が確保すべきもの
「尊厳を守るためには、もっと余裕が必要です」 だけでは、職場改善にはつながりません。
厚生労働省は介護サービスの生産性向上について、 「人材育成」「チームケアの質の向上」「情報共有の効率化」を柱に挙げています。 厚生労働省「介護サービスにおける生産性向上」
また、生産性向上ガイドラインでは、 課題を把握し、業務時間や役割分担を見える化しながら改善するための考え方やツールが示されています。 厚生労働省「介護分野における生産性向上の取組」
誰が、どの仕事へ、どの程度の時間を使っているのかを把握します。
二重記録、転記、物品を探す時間など、直接ケア以外のロスを点検します。
専門職でなければできない仕事と、他職種へ移せる仕事を分けます。
申し送り、記録、会議など、情報伝達の重複や不足を点検します。
忙しい時や判断に迷う時に、一人で抱え込まない仕組みを整えます。
業務改善で生まれた時間を、説明・対話・選択・待つことへ振り向けます。
重要なのは「何の時間を削り、何の時間を守るのか」です。 利用者と向き合う時間を生み出すために間接業務を改善するのであれば、 生産性向上はケアの質を守る手段になり得ます。
10|研修だけでは解決しない理由
尊厳を守る介護を実現するために、教育や研修は重要です。
しかし、厚生労働省の労働経済白書でも、 介護事業所について「教育・研修の時間が十分に取れない」こと自体が課題として示されています。 厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析」
また、研修で得た内容を実際の職場行動へ移す 「training transfer」に関する systematic review では、 職場のコミュニケーション、組織文化、実装への準備など、 職場環境が研修内容の実践に関係することが示唆されています。 PubMed|Training transfer systematic review
11|自分たちの職場を振り返る10の問い
ここまでの厚生労働省資料や研究を、 日常の介護を振り返るための問いへ置き換えてみます。
尊厳、missed care、生産性向上、虐待防止、研修定着の知見をもとに、 福祉教育ラボが現場で対話するための問いとして整理しています。
- 本人が返事をする前に、介助を始めていないか。
- 本人が選べることまで、職員側で決めていないか。
- 「待つ時間」を、非効率な時間として扱っていないか。
- 起床・排泄・入浴・着替えなどが、職員側の業務都合だけで決まっていないか。
- 忙しい日には、本人との会話や心理的な支援が真っ先に削られていないか。
- 食事・清潔・移動・排泄など、基本的な生活支援に遅れが生じていないか。
- 職員が「今日は十分なケアができなかった」と安心して言える職場になっているか。
- 「忙しいから仕方ない」という理由で、不適切な関わりが職場の普通になっていないか。
- 新人へ教える時間や、職員同士で支援を振り返る時間が確保されているか。
- 業務改善で生まれた時間を、本当に利用者へ戻せているか。
大切なのは、 「できていない職員は誰か」 を探すことではありません。
なぜできないのか。
個人の知識なのか。 時間なのか。 人員配置なのか。 業務手順なのか。 情報共有なのか。 教育なのか。 相談できる環境なのか。
原因が違えば、必要な改善も違います。
12|福祉教育ラボの視点|尊厳には「時間」と「仕組み」が必要
もっと話を聞きたい。
本人に選んでもらいたい。
急がせずに待ちたい。
その人らしい生活を支えたい。
そう思いながら働いていても、 それを実践できない日があります。
ここに、人手不足を「職員の意識」だけでは捉えられない理由があります。
説明する時間。
聞く時間。
本人が考える時間。
待つ時間。
支援者同士で考える時間。
新人へ伝える時間。
そうした時間を業務の中に残せるかどうかも、 尊厳を実践する条件の一つだと考えます。
だから、人手不足だから仕方がない、ではありません。
一方で、 「もっと丁寧にしてください」 と職員の善意だけに委ねることも、持続可能ではありません。
業務を整理する。
役割を分ける。
情報共有を変える。
職員が助けを求められるようにする。
管理者が現場の実態を把握する。
必要な人員と教育の機会を確保する。
そこまで含めて、 「尊厳を守るケア」を考える必要があります。
その理念を実行するための時間と仕組みまで考える。
尊厳を守るためには、 専門職一人ひとりの倫理と実践力が必要です。
そして同時に、 その倫理を日常のケアとして実行できる組織も必要なのだと思います。
よくある質問|介護の人手不足とケアの質
人手不足になると、必ず介護の質は下がりますか?
必ず下がると断定することはできません。 nursing homeを対象とした研究では職員配置と質・安全との関連が報告されていますが、 研究結果にはばらつきがあり、 経験、教育、職種構成、離職、管理、組織環境等も関係します。
職員数を増やせば、介護の質は上がりますか?
人数は重要な条件の一つですが、それだけでは十分とはいえません。 職員の経験や技能、チームワーク、管理体制、 教育や業務の組み方なども考える必要があります。
missed careとは何ですか?
必要なケアが実施されない、一部しか実施されない、 または予定より遅れて実施される現象を扱う研究概念です。 nursing home研究では、移動、食事介助、清潔ケアなども報告されています。
忙しいと、会話やレクリエーションだけが後回しになりますか?
それだけではありません。 海外の高齢者ケア研究では、 移動、食事、清潔、トイレ介助、口腔ケアなど、 基本的な生活支援の未実施・遅延も報告されています。
人手不足は、高齢者虐待の原因ですか?
単一の原因とはいえません。 厚生労働省の虐待調査では、 知識・倫理・ストレス・業務負担だけでなく、 管理、チーム連携、研修、相談体制など複数の課題が報告されています。
忙しければ、本人への説明や意思確認を省いても仕方がないですか?
忙しさが行為の背景となることはありますが、 それによって本人の尊厳や自己決定を軽視してよいということにはなりません。 同時に、職員個人へ責任を返すだけでなく、 そのケアを実行できる業務・人員・組織条件も点検する必要があります。
介護の生産性向上とは、少ない人数で多くの利用者を介護することですか?
厚生労働省は、介護サービスの生産性向上を 「介護の価値を高めること」と説明しています。 業務改善で生まれた時間を、 利用者へ向き合う時間やケアの質を考える時間へ使うことも示しています。
ICTを導入すれば、人手不足は解決しますか?
ICTは業務改善の手段の一つです。 重要なのは、自事業所の課題を把握した上で、 何を効率化し、生まれた時間をどのケアへ戻すかを考えることです。
研修を増やせば、本人主体のケアは定着しますか?
研修は重要ですが、それだけでは十分とはいえません。 学んだことを試す時間、相談できる上司・同僚、 同じ方針を共有するチームなど、 実践を支える職場環境も必要です。
管理者は、何から改善を始めればよいですか?
一つの方法は、 「職員にもっと丁寧に介護するよう求める」前に、 現場で何に時間を使っているか、 どのケアができていないか、 どこへ負担が偏っているかを見える化することです。 厚生労働省も業務時間・課題把握のためのツールを公開しています。
一次資料・研究資料
本記事は2026年8月25日時点で確認できる厚生労働省資料と国内外の研究をもとに構成しています。 海外研究を日本の介護現場へそのまま一般化せず、 制度上確認できる事実、研究で示されている関連、福祉教育ラボの分析を区別して記載しています。
- 厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」 2022年度約215万人、2026年度約240万人、2040年度約272万人。
- 厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析」 介護分野の人手不足、人材確保、書類負担、教育・研修時間等。
- 厚生労働省「介護サービスにおける生産性向上とは」 生産性向上を「介護の価値を高めること」とする考え方。
- 厚生労働省「介護分野における生産性向上の取組」 課題把握、業務時間見える化、改善活動等。
- 厚生労働省「令和6年度 高齢者虐待の対応状況等」 養介護施設従事者等による虐待の発生要因・組織運営上の課題。
- Nursing home staffing and resident safety: systematic review of reviews 職員配置と利用者安全アウトカムに関するレビュー・オブ・レビュー。
- The relationship between nursing home staffing and quality of care staffingとqualityに関するsystematic review。人数以外の組織要因等も検討。
- Missed Nursing Care in Nursing Homes and Causes: A Systematic Review nursing homeにおけるmissed careとその背景要因。
- Missed care in community and primary care 高齢者ケア等を含むmissed careのscoping review。
- Training transfer in health care: systematic review 研修で得た内容を現場実践へ移す際の職場・組織要因。


