認知症の人に「間違いを正す」ケアは適切なのか

― 共感的理解とリアリティオリエンテーションから考える ―

施設で暮らす認知症の方が、夕方になるとこう話します。

「そろそろ家に帰らないと。子どもたちが待っているから」

いわゆる『帰宅願望』ですね。

職員が、「ここが今のお家ですよ」「お子さんは、もう大人ですよ」と説明しても、本人は納得せず、さらに不安そうな表情を浮かべます。

利用者を傷つけようとしたわけではありません。正しい情報を伝えて、現在を理解してもらおうとしました。

それでも、本当のことを伝えたことで、本人の不安や混乱が強まり、落ち着かない様子がみられるようになりました。

『間違いを正すこと』で、本人は安心するのか

相手の言葉が事実と異なっていると、私たちは『正しいことを伝えるのが相手のためだ』と考え、つい訂正したくなります。

「今日は月曜日ではないです」
「あなたの家は、もうありません」
「その人は、すでに亡くなっています」

正確な情報は確かにあります。でも、その情報を伝えたら、利用者はどんな思いになるのでしょうか。

見当識や記憶機能が低下し、『家に帰りたい』という訴えがみられるとき、正確な情報を伝えた場合にどんな言葉が返ってきますか?

利用者は『そうですね。私が間違っていました』と納得するでしょうか。

事実の説明をされるたびに、利用者は自分のことを否定されたような感情を抱くこともありますよね。記憶障害によって、亡くなった家族のことを忘れているかもしれない。その事実を記憶にとどめることが難しければ、大切な人の死を伝えられるたびに、初めて知らされたような悲しみや喪失感を経験するかもしれません。

大切なのは、「正しい事実を説明できたか」ではなく、職員がした説明で利用者がどんな気持ちになっているのかをみることではないでしょうか。

事実として正しいことと、ケアとして適切なことは、必ずしも同じではない。

リアリティオリエンテーションは「間違い探し」ではない

リアリティオリエンテーションは、時間、場所、人物、予定などについて、本人が理解しやすい形で情報を示し、見当識を支える方法です。

・時計やカレンダーを見やすい場所に置く
・季節の話題を会話に取り入れる
・職員が自分の名前を伝える
・これから行うことを、分かりやすく説明する。

このような働きかけは、本人が生活の見通しを持ち、自分で考えたり選んだりしやすくなることを目的としています。現実への認識を促す認知刺激には、軽度から中等度の認知症の方の場合には、短期的な効果が示された研究もあり、認知機能の維持や改善につながる可能性が報告されています。

ですが、間違いを正したり、正解に導くことを目的にしてしまうと、逆効果になる可能性が高まります。

「家に帰りたい」という言葉は、今の場所を間違えているだけではないかもしれません。

・ここが自分にとって安心できる場所でないというサインかもしれない
・家族に会いたいのかもしれない
・食事の支度や子どもの世話など、それまで行っていた役割をしようとしているかもしれない

共感的理解は、言葉の背景にある感情や願いを、本人の立場から理解しようとする態度のことです。

帰宅願望のある方に、「帰れません」と返答するだけではなく、

「お家のことが気になっているのですね」
「待っている人がいるように感じるのですね」

と、まずは受け止めてみる。その先に、利用者が抱えている不安や思いが見えてくることがあります。

共感するだけでよいわけではない

共感的理解は、事実の説明をしてはいけないのではありません。相手の記憶に寄り添うことから始まります。

薬や外出時のリスク、金銭や契約、今後の生活を左右する選択など、本人が判断するために必要な情報は、理解しやすい形で伝える必要があります。

認知症ケアでは、

「事実を伝えるか、共感するか」

の二者択一ではないのかもしれないですね。

利用者の気持ちを受け止め、この事実は今伝える必要があるのかを考える。その現実を伝える場合も、本人が理解しやすく、安心を失わない方法を選ぶことが大切です。

共感して受け止める

今伝える必要があるか考える

必要な現実を、安心できる形で共有する

「正す」前に立ち止まって考える

本人の言葉が事実と異なっているとき、すぐに訂正する前に、三つのことを考えてみます。

・その言葉の奥に、どのような思いや不安があるのか。
・その事実を、今ここで伝える必要があるのか。
・伝えたあと、本人は安心するのか。それとも、苦痛や混乱が強くなるのか。

認知症ケアの目的は、利用者に間違いを改めてもらうことではありません。リアリティオリエンテーションも共感的理解も、その人が安心して生活し、自分の力や意思を発揮するための支援です。

間違いを正す前に、その言葉が何を伝えようとしているのかを考える。そこから、本人を中心にしたケアが始まります。

参考資料

厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン 第2版」

Woods B, et al. Cognitive stimulation to improve cognitive functioning in people with dementia. Cochrane Database of Systematic Reviews, 2023.

Chiu HY, et al. Reality orientation therapy benefits cognition in older people with dementia: A meta-analysis. International Journal of Nursing Studies, 2018.