要介護認定率が下がれば良い?介護保険のインセンティブ制度と「自立」を考える
介護保険に関する自治体の会議で、こんな説明があったとします。
資料にはグラフが示され、数字は前年より低くなっている。そして、「良い傾向ですね」と話が進んでいく。
介護予防が進み、生活機能を維持できる人が増え、その結果として要介護認定を必要とする人が減ったのであれば、それは確かに喜ばしいことです。
しかし、ここで一つ問いが残ります。
要介護認定率が下がったことと、高齢者の暮らしが良くなったことは、本当に同じなのでしょうか。
厚生労働省の2026年5月暫定値では、第1号被保険者は3,588万人、要介護・要支援認定者は739.4万人。第1号被保険者に対する65歳以上の認定者割合は20.2%となっています。
20.2%という数字は、日本の介護ニーズを考えるうえで重要です。
ただ、今回はこの数字そのものではなく、「認定率という数字が、政策の中でどのような意味を持たされているのか」を考えてみます。
国の制度、自治体の行政管理、財政、介護現場、そして最後には一人ひとりの暮らしまで追っていくと、「数字で政策を評価すること」の難しさが見えてきます。
・なぜ自治体は「認定率」を意識するようになったのか
大きな転換点の一つが、2017年の介護保険制度改正です。
地域包括ケア強化法では、高齢者の自立支援・重度化防止などに向けて、市町村がPDCAサイクルを回しながら取組を進める仕組みが制度化されました。
その一環として2018年度に始まったのが「保険者機能強化推進交付金」です。さらに2020年度には「介護保険保険者努力支援交付金」が創設されました。
市町村や都道府県が、介護予防、自立支援、重度化防止、地域包括ケアなどにどれだけ取り組んでいるかを評価し、その結果に応じて財政的インセンティブを付ける仕組みです。
考え方には合理性があります。
「事業を実施しました」だけではなく、「その事業によって地域がどう変わったのか」まで見ようという考え方だからです。
「成果」を、何で測るのか。
・2026年度も「要介護2以上の認定率」は正式な評価指標
2026年度の市町村向け評価指標を見ると、「健康寿命延伸の実現状況」の評価項目として、要介護2以上の認定率と、その変化率が置かれています。
単純な粗い認定率ではありません。介護DBのデータを使い、性・年齢構成を調整したうえで、全国の保険者の中で上位7割、5割、3割、1割のどこに位置するかによって評価されます。
要介護2以上の認定率・認定率の変化率は、2026年度も正式な成果指標の一つで、最大20点が設定されています。
つまり、「要介護認定率は自治体評価とは関係ありません」とは言えません。
現在も正式な成果指標の一つです。
ただし、ここだけを取り出して、
と理解するのも正確ではありません。
同じ資料を、もう少し読む必要があります。
・国は「認定率を下げるために認定を変えてはいけない」と明記している
2026年度の評価指標には、かなり重要な注意書きがあります。
厚生労働省は、要介護認定について、本人の心身状態や介護の手間を丁寧に把握したうえで介護サービスの必要度を判定する重要なプロセスであり、全国一律の基準に基づいて実施する必要があると説明しています。
その趣旨が、国の評価指標そのものに明記されています。
さらに地域分析についても、国は単に認定率や保険料額の高低を認識するだけでは評価しないとしています。
全国平均や近隣自治体との比較、経年変化などを踏まえて、地域の特徴と、その背景にある要因まで分析することを求めています。
自治体別の得点を公表する厚生労働省のページにも、評価得点は「自治体の取組の適否」を表すものではない、と注意書きがあります。
ここまで一次資料を読んでいくと、国の制度設計はかなり慎重です。
「認定率だけで評価してはいけない」
「交付金のために認定を変えてはいけない」
「数字の背景まで分析しなければならない」
それでもなお、気になることがあります。
制度に書かれた評価軸と、その制度が組織の中でどう使われるかは、必ずしも同じではないからです。
・制度の「理念」が、自治体では「得点」と「順位」に翻訳される
実際の自治体資料を見ると、その過程がよく分かります。
甲賀市が介護保険運営協議会で示した資料では、保険者機能強化推進交付金等の各評価項目について、全国平均との差や得点状況を詳細に分析しています。
要介護2以上の認定率についても、市と全国の数値を比較し、認定率や変化率について「小さい方が上位」となる国の評価方法に沿って分析しています。
さらに資料では、認定率の動向を得点率の低い要因の一つとして捉え、「要介護認定率の改善など中長期的な取組」についてPDCAサイクルによる検証が必要だと整理されています。
これは、甲賀市が間違っているという話ではありません。
国が点数を付け、その結果を自治体に返し、さらに評価結果を施策改善に活用すること自体を評価項目にしている以上、どこで点が取れているのか、何を改善すればよいのかを自治体が検討するのは合理的です。
しかし、その過程で言葉が少しずつ変わります。
「高齢者が地域で自立した生活を続けられること」
↓
「認定率」
「変化率」
「得点」
「全国順位」
数字にすること自体が悪いわけではありません。行政には評価が必要です。
ただ、測りやすいものほど、いつの間にか「目的」に近い位置まで上がってくることがあります。
・実際に「認定率を下げる」ことを成果指標にした自治体もある
さらに分かりやすい事例があります。
坂東市の行政改革プランには、「要介護認定率の低位安定化」という取組が置かれていました。
しかも位置付けられているのは、「後世に負担を残さない財務改革」「コストを意識し、選択と集中による歳出改革」という項目です。
資料では「認定率の上昇は給付費の増加につながる」と整理したうえで、一般介護予防事業や高齢者の居場所づくりなどを進め、「令和7年度の要介護認定率を14.5%以下に抑制する」という成果指標を設定していました。
これは一自治体の事例です。全国の市町村が同じ運用をしていると一般化することはできません。また、坂東市も介護予防による健康寿命の延伸を取組内容として掲げています。
それでも、この資料は一つのことを示しています。
国では慎重な留保付きで扱われている認定率が、行政管理に移る途中で「一定水準以下に抑えるべき成果目標」へ翻訳される場合がある。
そのことです。
・自治体が数字を意識することを、単純に批判することもできない
ここで、「自治体は財政ばかり見ている」と結論づけるのも違うと思います。
自治体は限られた人員と財源の中で、介護予防、地域包括支援センター、認知症施策、生活支援、在宅医療・介護連携、介護人材対策など、多くの施策を動かしています。
しかも交付金制度では、評価結果が実際の財源にも関係します。
2026年度予算では、保険者機能強化推進交付金95億円、介護保険保険者努力支援交付金200億円が計上されています。
一方で、その財政的インセンティブが本当に想定通り機能しているのかについて、財務省自身が疑問を投げかけています。
既存事業費(第1号保険料相当額)に充当 84.8%
既存事業の拡充 13.4%
新規事業 4.7%
その他・無回答 3.1%
「交付金総額の84.8%が保険料削減に使われた」という意味ではありません。アンケートに回答した自治体の84.8%が、「既存事業費(第1号保険料相当額)に充当した」と回答したという数字です。
財務省資料では、毎年交付額が異なるため安定財源になりにくいことや、自治体の人員不足から新規事業や事業拡充まで手が回らないといった自治体側の意見も示されています。
さらに、平均要介護度などの指標は人口構造などの影響も大きく、「自治体の取組によって改善したのかが不透明」として、交付額を増やすために介護予防へ取り組むというインセンティブ構造が十分機能していないのではないかと問題提起しています。
ここまで来ると、問題は「国が悪い」「自治体が悪い」という話ではなくなります。
組織は実際にどのように行動するのか。
という制度設計の問題になってきます。
ここまでを一度整理すると
認定率だけで判断しないよう留保を置きながら、認定率を成果指標の一つとして評価する。
評価結果を得点・順位・行政目標として分析し、施策改善や財政運営につなげる。
行政目標が強くなったとき、相談、認定申請、総合事業、ケアマネジメントなどにどんな影響が生じるかが問われる。
最終的に重要なのは、認定率ではなく、必要な支援を受けながらどのように暮らせているか。
この4つは、同じように見えて、見ているものが少しずつ違います。
そして、この「少しずつ違う」が積み重なるところに、政策と実践の難しさがあります。
・研究でも「認定率は低ければ低いほどよい」とは言えない
こうした疑問は、現場感覚だけの問題でもありません。
2025年の『日本地域政策研究』に掲載された研究では、インセンティブ交付金の評価指標と性・年齢調整済み認定率との関係が分析されています。
分析の結果、評価項目によって認定率に与える影響の方向は異なり、認定率を上昇させることが望ましい場合もあることが示されています。
考えてみれば、不思議ではありません。
例えば、地域包括支援センターの相談機能が充実した地域を想像してみます。
これまで家族だけで抱えていた人が相談につながる。
専門職が早い段階で状態を把握する。
必要な人が要介護認定を申請する。
必要な介護サービスにつながる。
こうした変化によって、認定率が上がることはあり得ます。
しかし、それを「介護予防に失敗した」と評価することはできません。
むしろ、必要な人への制度アクセスが改善した可能性があります。
また、鈴木亘氏による政策評価研究でも、交付金の各評価指標と成果指標との相関は全体として非常に低く、期待される方向とは逆の関係を示す評価指標も少なくなかったとして、評価指標の抜本的見直しの必要性が指摘されています。
この問題そのものが、まだ簡単には解決していません。
・その数字が、地域包括支援センターやケアマネジャーまで降りてきたら
ここからは、一次資料から直接確認できる事実と、制度上考えておくべきリスクを分けて考える必要があります。
国が、「認定申請をさせずに総合事業へ誘導しなさい」「ケアプラン点検でサービスを減らしなさい」と全国の自治体や専門職に指示している事実は確認できません。
むしろ総合事業について厚生労働省は、本人が予防給付や介護給付によるサービスを希望する場合には、要介護認定等の申請を案内する運用を示しています。
また、介護給付の適正化についても、国が定義しているのは「サービスを減らすこと」ではありません。
その結果として、費用の効率化と制度への信頼につなげることが目的です。
つまり本来、「必要以上に提供しない」だけではなく、「必要なのに届いていないサービスを届ける」ことも適正化の中に含まれます。
それでも、自治体の組織目標として、認定率を下げる、給付費を抑える、交付金得点を上げるといった数字が強く意識されるようになったとき、相談受付、認定申請支援、総合事業への接続、ケアプラン点検といった住民に近い実務に、どのような影響を与えるのか。
この問いは持っておく必要があります。
「実際に全国で認定抑制の圧力がかかっている」と断定することはできません。しかし、数値目標が専門職の判断より強い意味を持つようにならないかという制度上のリスクは、丁寧に見ていく必要があります。
・もう一つ考えたいのは「介護が必要になること」をどう社会が捉えるか
介護予防を進めることと、介護が必要になった人を否定的に見ることは全く違います。
しかし、「要介護にならないこと」だけが強く価値付けられ、「認定率を下げること」が分かりやすい行政成果として繰り返し語られるようになったとき、支援を必要とすること自体が、どこか「望ましくないこと」のように受け止められないでしょうか。
これは、インセンティブ制度によって実際にそのような心理が生じていると証明された、という意味ではありません。
だからこそ、断定するのではなく問いとして持っておきたいのです。
高齢になれば、病気になることもあります。
身体機能が低下することもあります。
認知症になる人もいます。
本人の努力だけではどうにもならないことも少なくありません。
「介護が必要になったのは努力が足りなかったから」
という自己責任の考え方に変わってしまってはいけません。
必要になったときに支援を求められることも、社会保障の大切な機能だからです。
・そもそも介護保険法がいう「自立」とは何か
ここまで資料を読んでいくと、最終的に一つの言葉に戻ってきます。
保険者機能強化推進交付金も、自立支援、重度化防止を大きな目的としています。
では、介護保険における「自立」とは、介護サービスを利用しなくなることなのでしょうか。
介護保険法第2条を読むと、そのようには書かれていません。
保険給付は、本人の心身の状況や環境に応じて、本人の選択に基づき、適切な保健医療サービス・福祉サービスが提供されるようにすること。
そして要介護状態になった場合でも、可能な限り居宅で、その人の有する能力に応じて自立した日常生活を営めるようにすることが求められています。
ここは、とても重要だと思います。
例えば、一人暮らしをしている高齢者がいるとします。
週に数回、訪問介護を利用している。
難しくなった家事を少し手伝ってもらう。
必要なところだけ支援を受ける。
そのことで、自分の家で暮らし続ける。
今日何を食べるかを決める。
どこへ行くかを決める。
誰と会うかを決める。
その人は介護サービスを利用しています。
しかし、その人を「自立していない」と言えるでしょうか。
むしろ、必要な社会資源を使うことで、自分の生活の主体であり続けているとも考えられます。
逆に、「介護サービスを卒業しました」という人がいたとしても、家から出なくなった、家族がすべてを背負うようになった、本人がやりたいことを諦めたのであれば、
と評価してよいのでしょうか。
介護保険法が描いている自立は、もっと広いものです。
必要な支援や社会資源を利用しながらも、その人自身が生活の主体であり続けること。
少なくとも、制度の理念からはそのように読むことができます。
・「認定率が下がりました」と報告されたとき、本当に見たいもの
だから、認定率を見ること自体を否定する必要はありません。
認定率は地域の介護ニーズや制度運営を考えるための大切な指標です。
ただし、一つの数字で評価を終わらせないことです。
認定率と一緒に確認したいこと
- 性・年齢構成を調整しても認定率は低下しているのか
- 要支援、要介護1、要介護2以上のどこが変化しているのか
- 新規の要介護認定申請件数はどう変化したのか
- 必要な人が相談窓口や認定申請につながれているのか
- 認定までにかかる期間は変化していないか
- 実際の介護サービス利用状況はどうなっているのか
- 本人の生活機能や社会参加は維持されているのか
- 入院や救急搬送など、別の制度へ負担が移っていないか
- 家族介護者の負担や介護離職は増えていないか
- 本人が望んでいた暮らしを続けられているのか
例えば、
生活機能も維持された。
社会参加も増えた。
必要な人への制度アクセスも保たれている。
家族の負担も増えていない。
家族だけで抱えている。
本人が申請をためらっている。
必要な支援が届いていない。
前者まで確認できれば、「良い変化だった可能性が高い」と言えるでしょう。
認定率だけでは、その途中にある物語までは分かりません。
・数字が「目標」になった瞬間に、数字の意味は少し変わる
今回、厚生労働省、自治体、財務省、研究論文の資料を横に並べて読んでみて、一番印象に残ったことがあります。
国の制度文書は、思っている以上に慎重です。
認定率だけで判断してはいけない。
交付金を意識して認定を変えてはいけない。
地域の条件まで分析しなければならない。
自治体の得点は自治体そのものの良し悪しではない。
必要な人に必要なサービスを過不足なく届ける。
そうした防波堤は、かなり明確に書かれています。
それでも、
点数が付く。
順位が出る。
交付額にも関係する。
という仕組みにした瞬間、数字には別の力が生まれます。
組織は数字を意識します。
会議で報告しやすいものが重視されます。
前年度と比較できる数字が成果として説明されます。
そして、
という大きく、複雑で、測りにくい目的が、
「認定率」という一つの測りやすい数字へ圧縮されることがあります。
問題は、数字を使うことではありません。
数字が、何の代理として使われているのかを忘れてしまうことです。
介護予防は大切です。
できるだけ長く元気に暮らせること。地域の中で人とつながって暮らせること。生活機能を維持し、その人が持っている力を生かせること。
そうした取組によって、結果として要介護認定を必要とする人が減るのであれば、それは大切な成果です。
しかし、
介護を必要とする状態にならなかった人が増えることと、介護を必要としているのに制度につながらない人が増えることは、同じ「認定率の低下」でも意味が全く違います。
私たちが目指したいのは、単純に「認定率が低い社会」ではないのだと思います。
支援を必要としない人は、できる限り元気に、その人らしく暮らすことができる。
そして支援が必要になったときには、介護を利用することに後ろめたさを感じることなく、必要な支援につながることができる。
助けてもらいながらでも、自分の人生の主体であり続けることができる。
その両方が保障されている社会です。
認定率20.2%。
それは、社会全体を理解するための大切な数字です。
しかし、その0.1%の変化の向こう側には、一人ひとり違う暮らしがあります。
だから数字が下がったときにも、「良かった」で終わらせるのではなく、
と、もう一つ問いを重ねる。
その人は今日、どのように暮らしているのか。
必要な支援は届いているのか。
本人の選択は守られているのか。
家族だけが負担を背負っていないか。
最後には、そこへ戻ってくる。
数字を否定するのではなく、数字だけで人を見ないこと。
介護保険の「成果」を考えるときに、忘れずに持っておきたい視点です。


