車椅子・電動車椅子を補装具費の「借受け」対象へ?|2027年改正に向け厚労省が議論
2026年9月8日、厚生労働省の第78回補装具評価検討会で、車椅子・電動車椅子を補装具費支給制度の「借受け」の対象に加えるかが議論されました。
ただし、最初に確認しておきたいことがあります。
車椅子・電動車椅子の借受け対象化は、まだ決まっていません。
9月10日に更新された厚生労働省の資料でも、示されている論点は「借受け対象化の可否について」です。検討会での意見に加え、一部には検討会後に構成員から寄せられた意見も追記されています。
では、なぜ今「車椅子を借りる」という仕組みが検討されているのでしょうか。
- 退院から車椅子の納品までに生じる「空白」
- 購入前に実際に使って適合を確かめる必要性
- メーカーや事業者によるデモ機無償貸出への依存
- 障害のある人の社会参加に必要な移動の確保
「2027年4月から車椅子レンタルが始まる」と決まったわけではありません。
2027年4月は補装具告示等の次期改正予定時期です。車椅子・電動車椅子を借受け対象へ加えるかは、現在も検討段階です。
補装具費の「借受け」とは?
補装具費支給制度には、「購入」「修理」に加えて「借受け」という仕組みがあります。
借受けは、障害者総合支援法の改正により2018年4月1日から補装具費の支給対象となりました。
ただし、補装具は現在も「購入」が基本です。
借受けは、次のような場合に利用する仕組みとして整理されています。
つまり、「補装具なら何でもレンタルできる」という制度ではありません。
厚生労働省の事務取扱指針を確認する現在、借受けできる補装具は限られている
厚生労働省の資料では、現行の主な借受け対象として、次のものが整理されています。
| 現行の主な借受け対象 | ポイント |
|---|---|
| 姿勢保持装置の完成用部品のうち「構造フレーム」 | 完成用部品として借受け対象 |
| 歩行器 | 借受け対象 |
| 車載用姿勢保持装置 | 借受け対象 |
| 重度障害者用意思伝達装置 | 本体のみ |
| 義肢・装具・姿勢保持装置の完成用部品 | 対象となる部品に限る |
| 車椅子・電動車椅子そのもの | 現在は借受け対象外 |
今回の議論は、この対象に車椅子・電動車椅子そのものを加えるべきかというものです。
なぜ今、車椅子・電動車椅子の借受けが議論されている?
退院後に必要な車椅子を申請しても、納品までの間に自費レンタルが必要になるケースがあります。
身体状況や生活環境との適合を、購入前に短期間の使用で確認する必要があります。
現在はメーカー・補装具事業者の無料貸出によって試用が支えられている場面があります。
車椅子は日常生活だけでなく、就学、就労、外出、人とのつながりにも関係します。
1|退院しても、必要な車椅子がすぐ届くとは限らない
厚生労働省の資料では、入院患者が退院後の日常生活に必要な車椅子の支給申請をしても、納品されるまでの間、自費で既製の車椅子をレンタルする必要が生じるケースが報告されています。
退院日は来る。
生活には車椅子が必要。
しかし、本人に合った車椅子はまだ届いていない。
その間をどう支えるのか、という問題です。
第78回資料では、補装具費支給制度全体についても、支給決定までに数か月を要する場合があり、利用者の生活に不利益が生じているという課題が示されています。
検討会では、「まず使えるものを早急に手配し、その後、本格的なものをしっかり検討する」といった二段構えも考えられるのではないか、という意見が出ています。
借受け対象となれば、この空白期間を支える方法の一つになる可能性があります。
2|専門職でも、最初から将来の適合を予測するのは難しい
車椅子は、「座れて移動できればよい」というだけの用具ではありません。
- 身体状況
- 姿勢
- 筋力
- 生活環境
- 自宅の広さや段差
- 移動する場所
- 介助方法
- 本人が自分で行う動作
こうした条件によって、必要な仕様は変わります。
厚生労働省資料では、車椅子を使い始めた段階から長期的な身体状況の変化まで見越して適合を予測することは、専門職であっても難しい場合があるとされています。
そこで考えられているのが、「短期間借りて、実際に使ってみる」という方法です。
実生活で使用した結果を踏まえて購入する仕様を検討できれば、購入後の不適合や不使用を減らせる可能性があります。
検討会では、高額な車椅子について、借受けで使用状況を確認したうえで支給する仕組みも考えられるのではないか、という意見も出ています。
もちろん、これはまだ決定した仕組みではありません。
ただ、「支給する前に試して選ぶ」という考え方が、制度の中で改めて議論されていることは注目できます。
第78回検討会の資料を確認する実は今も「無料で試す仕組み」に支えられている
今回の議論で、もう一つ重要なのがデモ機の問題です。
厚生労働省が紹介している2025年の調査では、補装具関係6団体を対象にWEBアンケートを実施し、212件の回答がありました。
回答者のうち76%に当たる162件が補装具事業者、50件がメーカー・代理店でした。
デモ機を無料で提供した種別では、次のような回答が示されています。
車椅子・電動車椅子でも、多くの無償貸出が行われていることが分かります。
「デモ機の無料提供サービスに費用負担が必要」と回答した割合は84.4%。
費用の負担者として最も多かった回答は「補装具費(借受け)」で127件でした。
また、有償化する場合に望ましい費用として、「送料・借受け費用に加えて適合技術料」が122件でした。
ここから見えてくるのは、「無料で試せて便利」というだけの話ではありません。
試すためには、
- 用具を準備する
- 運ぶ
- 本人の身体や生活に合わせて調整する
- 使用状況を評価する
- 回収する
といった仕事が発生しています。
第78回資料には、電動車椅子の試用評価について、デモ機、人件費、貸出費用だけでなく、輸送費まで事業者やメーカーが負担している実態も示されています。
検討会では、メーカーや事業者のデモ機無償提供への依存を見直す必要がある、という趣旨の意見も出ています。
借受け制度を考えることは、利用者の利便性だけではなく、「適合を支える専門的な仕事を誰が負担するのか」という問題でもあります。
車椅子は「社会参加のための移動」を支える
厚生労働省資料では、車椅子・電動車椅子の借受けニーズの背景として、「障害者が社会参加するための移動確保」という観点も示されています。
車椅子が必要なのは、「歩くことが難しいから」だけではありません。
本人が行きたい場所へ、自分の意思で行く。
車椅子は、そうした生活を支える道具でもあります。
本人に合った車椅子が利用できない時間は、単なる「納品待ち」ではありません。
その間、本人の生活や社会参加の機会にも影響が及ぶ可能性があります。
車椅子を使った移動では、 本人に合った車椅子を選べることと同時に、 送迎車両の中で車椅子そのものを正しく固定し、 利用者本人の身体をシートベルト等で適切に保持することも重要です。
福祉教育ラボでは、
車椅子送迎中に確認された事故49件・死亡事故30件をもとに、
固定方法、シートベルト、実際の事故事例、
介護事業所で確認したい安全対策を別の記事で整理しています。
車椅子の送迎事故と安全対策|固定・シートベルトと介護現場の仕組み →
借受け対象にすれば、それですべて解決するわけではない
一方、第78回検討会では、制度化した場合の課題もかなり具体的に示されています。
ここで挙げた具体策は、決定した制度ではありません。
9月8日の検討会や、9月10日更新資料に掲載された構成員意見です。今後の制度設計で採用されるかは未定です。
入院中から退院後の車椅子を準備できるのか
今回の議論には、医療と障害福祉の制度の境界も関係しています。
検討会では、「入院中の人に退院後の生活のための補装具を支給することには制度上難しい面があるのではないか」という趣旨の意見が出ています。
一方、現行の借受け制度に関する厚生労働省資料でも、申請前の訓練で使われる補装具については、「医療保険と補装具費支給制度の関係性について整理が必要」として、継続検討となっています。
退院してから準備を始めれば、生活に空白が生じる。
しかし、入院中から退院後の生活用具をどこまで補装具費で扱うかには制度上の整理が必要。
今回の議論は、病院から地域生活への「つなぎ目」をどう支えるかという問題でもあります。
介護保険の車椅子レンタルとは、どう違う?
介護分野で働いている人なら、「車椅子なら介護保険でレンタルできるのでは?」と思うかもしれません。
介護保険には、福祉用具貸与として車椅子を利用する仕組みがあります。
介護保険の福祉用具貸与
要介護・要支援者が対象となる保険給付です。
車椅子については、標準的な既製品を貸与する仕組みが基本となります。
補装具費支給制度
障害のある人の身体機能を補完・代替し、生活や社会参加を支える補装具を対象とします。
身体状況に応じて個別製作や細かな適合が必要となる場合があります。
要介護・要支援状態にあり、介護保険の福祉用具と共通する補装具を希望する場合は、原則として介護保険による福祉用具貸与が優先されます。
ただし、介護保険で貸与される標準的な既製品では本人の身体状況に対応できず、オーダーメイド等による個別製作が必要と判断される場合には、補装具費として支給できる場合があります。
「65歳を超えたら必ず介護保険」「車椅子ならすべて介護保険レンタル」と機械的に分けるものではありません。
本人の身体状況や必要な適合を踏まえた個別判断が必要です。
第78回検討会でも、借受けを拡大する場合には、介護保険のレンタルとの区別を事業者や利用者へ周知する必要があるという意見が出ています。
次はいつ決まる?|2027年4月までの予定
補装具の支給基準額等は3年に1回見直されており、次期改正は2027年4月が予定されています。
- 2026年9月8日 第78回補装具評価検討会 令和9年度改正に向けた主な論点案を検討。
- 2026年11月下旬 第79回補装具評価検討会 補装具告示改正案、事務取扱指針等改正案の提示・検討予定。
- 2027年1月下旬 第80回補装具評価検討会 完成用部品指定審査を予定。
- 2027年2月下旬 第81回補装具評価検討会 指定審査結果、主な改正内容案の報告予定。
- 2027年4月1日 補装具告示等の施行予定 今後決定される改正内容が施行される予定。
次の大きな節目は、2026年11月下旬です。
そこで、
- 車椅子・電動車椅子が実際に借受け対象として改正案に盛り込まれるのか
- どのような条件で利用できるのか
- 借受け期間や価格をどうするのか
- 破損・事故・保険をどう扱うのか
- 購入へ移行する場合の費用をどう考えるのか
- 介護保険や医療保険との関係をどう整理するのか
といった具体的な制度設計が見えてくる可能性があります。
現時点では、そこまで決まっていません。
まとめ|今回問われているのは「借りられるか」だけではない
第78回補装具評価検討会では、車椅子・電動車椅子を補装具費支給制度の借受け対象へ加えるかが議論されました。
背景には、退院から納品までの空白、購入前の試用、無償デモ機への依存、社会参加のための移動確保があります。
一方で、費用、破損、事故、保険、適合、購入への切替え、医療保険や介護保険との制度調整など、整理すべき課題も残されています。
現時点では、車椅子・電動車椅子の借受け対象化は「検討段階」です。
だから今回の議論を、「車椅子がレンタルできるようになるらしい」だけで捉えると、少し見え方が浅くなります。
問われているのは、
必要な人が、必要な時に、本人に合った移動手段を使える仕組みになっているか。
そして、そのために必要な専門職や事業者の仕事を、持続可能な制度としてどう支えるか。
というところまで含まれています。
福祉教育ラボの視点|必要なのは「車椅子」ではなく、その先の暮らし
制度の資料を見ると、購入、借受け、基準額、対象種目、支給判定という言葉が並びます。
制度を運用するためには、もちろん必要な言葉です。
でも、本人の側から見ると少し違います。
この車椅子なら、自分で玄関から外へ出られる。
この電動車椅子なら、自分で行きたい場所へ行ける。
学校へ行ける。
働きに行ける。
買い物ができる。
人に会いに行ける。
そうした、一つひとつの暮らしにつながっています。
だからこそ大切なのは、「車椅子を支給したか」だけではありません。
その人に合っているか。
実際の生活で使えるか。
状態が変わったときに見直せるか。
必要になったその時に使えるか。
そして、そのための評価や適合を誰かの無償の仕事だけに頼っていないか。
今回の「借受け」の議論は、補装具を単なる「モノ」としてではなく、人の暮らしや社会参加を支える仕組みとして考え直す機会でもあるように思います。
制度に人を合わせるのではなく、その人が送りたい暮らしに、制度や道具をどう合わせていくか。
福祉教育ラボでは、11月下旬に予定される改正案についても、その視点から確認していきます。
主な一次資料
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厚生労働省「第78回補装具評価検討会」
2026年9月8日開催。資料は9月10日に更新されています。
検討会資料一覧を確認する -
厚生労働省「令和9年度補装具告示等改正に向けた主な論点(案)」
車椅子・電動車椅子の借受け対象化について、現状・課題・主な意見が掲載されています。
資料を確認する -
厚生労働省「補装具費支給事務取扱指針」
借受け制度や補装具費支給の取扱いを確認できます。
指針を確認する
※2026年9月10日:車椅子送迎事故・安全対策の記事への内部リンクを追加しました。


