車椅子の送迎事故と安全対策|7年間49件・死亡事故30件から考える固定・シートベルトと介護現場の仕組み
車椅子使用者を車椅子に座ったまま自動車で送迎中に発生した事故について、 2019年1月から2025年12月までの7年間で49件が確認され、 うち死亡事故は30件でした。
介護サービスに関係する送迎事故は34件で、 そのうち24件が死亡事故でした。 事故は自動車同士の衝突時だけではなく、 発進、右左折、ブレーキといった 日常の運転場面でも確認されています。
本記事では、 事故件数だけを取り上げるのではなく、 「車椅子そのものの固定」と 「利用者本人の身体を保持するシートベルト」を分けて整理し、 介護事業所が今日から確認できる安全対策、 実際の事故事例、 そして安全を個人の注意力だけに頼らないための 組織の仕組みまで考えます。
今回の経過報告で確認された主な数字
車椅子送迎事故49件・死亡事故30件|まず分かったこと
消費者安全調査委員会は、 2025年7月29日から 「車椅子使用者を自動車で送迎中の事故」について 原因調査を進めています。
2026年7月29日に公表された資料は、 調査開始から1年以内に事故等原因調査を 完了することが難しいと見込まれたため、 消費者安全法に基づいてまとめられた 経過報告です。
したがって、 事故原因や再発防止策が 最終的に確定した報告書ではありません。
なぜ車椅子での送迎が調査対象になったのか
車椅子に座ったまま自動車へ乗車する送迎は、 デイサービスや通所リハビリテーションなど、 介護サービスの現場で日常的に行われています。
一方、車椅子使用者の中には、 衝撃を受けた際に自ら姿勢を立て直したり、 身体を支えたりすることが難しい人もいます。
消費者安全調査委員会は、 近年も事故が発生していること、 自らの行為によって事故を回避することが 難しい場合があること、 高齢者など特に配慮を必要とする人が 被害を受けていることなどから、 介護サービス、 特にデイサービス等の送迎を中心として調査しています。
49件の事故をどう読むか
事故情報データバンク、 新聞報道、 インターネット記事などから 調査委員会が情報を収集した結果、 2019年1月から2025年12月までの7年間で、 車椅子使用者を自動車で送迎中の事故49件が 確認されました。
| 区分 | 事故件数 | うち死亡事故 |
|---|---|---|
| 確認された事故全体 | 49件 | 30件 |
| 介護サービスにおける送迎事故 | 34件 | 24件 |
スマートフォンでは表を左右にスクロールしてご覧いただけます。
介護サービスの送迎事故34件について、 車椅子の固定と シートベルトの装着状況に着目すると、 次のように分類されています。
| 分類 | 件数 |
|---|---|
| 車椅子の固定が適切に行われていなかった | 8件 |
| シートベルトの装着が適切に行われていなかった | 9件 |
| その他・分類に必要な事実が不明 | 17件 |
介護事業所でまず確認したい10項目
事故報告を読んだとき、 現場で最初に必要なのは、 「怖い事故が起きている」という認識だけではありません。
自分たちの送迎業務について、 具体的に何を確認するかまで 落とし込む必要があります。
次の項目は、 国が新たに示した法定チェックリストではありません。
今回の経過報告で示された事故状況と課題をもとに、 福祉教育ラボが 現場での確認事項として整理したものです。
送迎前・研修時に確認したいこと
- 使用する送迎車両ごとの 車椅子固定方法を確認できるか
- 車両の取扱説明書を 職員が確認できる状態にしているか
- 車椅子のどの部分へ固定器具を取り付けるか 実車で確認しているか
- 車椅子や車両が変わった場合に 固定方法を再確認しているか
- 固定後に正しく固定されたことを 確認する工程があるか
- 利用者本人のシートベルトが アームレスト等に干渉していないか
- 本人の姿勢・身体状況に適した保持が できているか
- 新任職員が口頭説明だけでなく 実車を使って学んでいるか
- 出発前の最終確認を 誰が担うか明確になっているか
- 送迎に関する事故・ヒヤリハットを 職員間で共有しているか
「車椅子の固定」と「本人のシートベルト」は別の安全対策
車椅子そのものを固定する
車椅子が発進、 右左折、 ブレーキ、 衝撃などによって 車内で移動・転倒しないよう、 車両側の固定装置を使って確実に固定します。
利用者本人の身体を保持する
車椅子とは別に、 車椅子に座っている本人の身体が 前方へ滑落したり投げ出されたりしないよう、 車両のシートベルト等で保持します。
車椅子を固定していても、 本人のシートベルトが適切でなければ、 身体だけが前方へ移動する可能性があります。
逆に、 本人がシートベルトを装着していても、 車椅子そのものが固定されていなければ、 車椅子ごと移動・転倒する可能性があります。
車椅子はどう固定する?固定方法は車両・車椅子で異なる
自動車への車椅子の固定方法は、 車両側に備えられた固定装置や、 車椅子フレームの形状などによって異なります。
経過報告では、 車椅子の前側2か所・後側2か所を フック等で固定する4点フック方式や、 車両側の機器と車椅子側のアダプターを接続する ドッキング固定方式などが例として挙げられています。
ここで重要なのは、 「車椅子ならどれも同じ場所を固定すればよい」 という意味ではないことです。
車椅子を搭載可能な車両では、 取扱説明書等に 固定方法が示されている場合があります。
車椅子利用者のシートベルト|義務がない=不要ではない
シートベルトは「付ければ終わり」ではない
車椅子には、 アームサポート(アームレスト)や スカートガードなど、 シートベルトを身体へ適切に密着させることを 難しくする構造があります。
経過報告では、 一例として、 車椅子のアームレストの下や スポークの間を通し、 腰部ベルトを腰骨のできるだけ低い位置へ 密着させる方法が 車両の取扱説明書等に示されていることが 紹介されています。
ただし、 これはすべての車両・車椅子に 共通する方法を示したものではありません。
個別の車両については、 その車両の取扱説明書等を 確認する必要があります。
車椅子の座位保持ベルトと車両シートベルトは役割が違う
車椅子に付属する座位保持ベルトは、 座位や姿勢の保持を目的として 使用されるものがあります。
それに対して、 車両側のシートベルトは、 走行中の衝撃などから 乗員の身体を保持するためのものです。
「車椅子にベルトが付いているから大丈夫」 とは判断せず、 車両側の乗員保持装置を 正しく使用できているかを確認する必要があります。
道路交通法上の義務と安全上の必要性は別に考える
消費者安全調査委員会の経過報告では、 道路交通法上の座席ベルト装着義務について、 車いす移動車に車椅子使用者を乗車させる場合は 当該義務の対象とはならないと 解されていることが整理されています。
しかし、 「道路交通法上の装着義務の対象ではない」ことと、 「シートベルトを使わなくても安全である」ことは 同じではありません。
車いす移動車には、 車椅子を確実に車体へ固定できる装置や、 車椅子利用者が装着できる 座席ベルト等の安全装備を有することが、 車両の構造上の要件として求められています。
実際の4事故から見る、送迎で確認が抜ける場面
経過報告には、 調査委員会が確認した 具体的な事故事例が示されています。
ここでは悲惨さを強調するのではなく、 どの確認工程で安全が崩れたのか という視点から整理します。
固定しないまま右折
通所リハビリテーションの送迎で、 本来4か所のフックで固定する車椅子を 固定し忘れ、 交差点を右折した際に 車椅子ごと転倒した事例です。
固定方法に不備があった
デイサービスの送迎中、 車椅子の固定方法に不備があり、 走行中に車椅子ごと後方へ転倒。 利用者は頭部を負傷し、 入院中に死亡しています。
車椅子は固定したがベルトを忘れた
車椅子は車両へ固定していたものの、 利用者本人のシートベルトを装着し忘れ、 ブレーキ時に利用者が 車椅子から滑落した事例です。
ベルトはしていたが位置が不適切
ベルトが車椅子の手すり部分の上を通ったことで 身体との間に隙間が生じ、 ブレーキ時に身体が ベルトの下を抜けるように滑落した事例です。
事故は衝突時だけではない|発進・右左折・急ブレーキでも起きる
経過報告では、 発進時、 右左折時、 急ブレーキ時、 交差点で他の自動車と衝突したとき、 電柱へ衝突したときなどにも 事故が発生していたと整理されています。
つまり、 「大きな交通事故を起こさなければ安全」 という話ではありません。
いつもの送迎ルートで右折する。 前方の状況に対応してブレーキを踏む。 車が発進する。
運転業務としては特別ではない場面でも、 車椅子や本人の身体が 適切に保持されていなければ、 転倒や滑落につながる可能性があります。
「職員が気をつける」で終わらせない|送迎安全を仕組みにする
事故が起きたとき、 「確認を忘れた」 「注意が足りなかった」 という個人の行動に 原因を求めることがあります。
もちろん、 正しい手順を理解し実行することは重要です。
しかし、 毎日の送迎業務を安全にするためには、 注意深い職員が担当した日だけ 事故が起きない仕組みでは不十分です。
送迎担当者が変わる。 車両が変わる。 利用者の車椅子が変わる。 朝の送迎が重なり時間に追われる。 急な欠勤で慣れていない職員が担当する。
こうした日常的な変化があっても、 安全確認が抜け落ちにくい 業務設計が必要です。
消費者安全調査委員会も、 介護サービスに係る送迎について、 関係する製品とサービスが一体となった 安全確保が十分になるよう、 前提となる制度を広く検討する必要性を 挙げています。
2027年度以降、介護送迎の事故報告・車椅子固定の標準化はどう変わる?
事故情報の集め方も変わる予定
現在、 介護サービスの提供中に事故が発生した場合、 各サービスの運営基準等に基づき、 市町村や利用者・家族等への連絡と 必要な措置が求められています。
経過報告では、 2027年度から、 介護現場で事故が発生した際の 介護サービス事業所から市町村への連絡について、 国が2026年度中を目途に構築する 事故情報報告システムを通じて行う予定であることが 示されています。
同種事故については、 例えば次のような情報を入力し、 事故実態の把握と 再発防止策の検討につなげることが 考えられています。
・車両へ車椅子を固定していたか
・シートベルトを装着していたか
ただし、 これらがそのまま最終的な 全国共通の必須入力項目として確定した、 という意味ではありません。
今後公表される制度・運用情報を 継続して確認する必要があります。
車椅子固定の標準化も進められている
車椅子と車両の固定方法をめぐっては、 標準化の取組も進められています。
経過報告では、 4点フックまたはアンカーバーによって 使用状態のまま自動車内へ固定される車椅子に関する 日本産業規格(JIS)の開発が進められており、 2027年3月に規格が公布される見込みとされています。
利用者・家族とどう安全情報を共有するか
車椅子送迎の安全確保を、 利用者や家族の責任にすることは適切ではありません。
一方で、 本人や家族が 使用している車椅子の特徴や、 身体状況、 姿勢保持の方法をよく知っている場合、 その情報は安全な送迎方法を考えるうえで重要です。
「本人用のシートベルトはどのように装着しますか」
「車両が変わった場合も固定方法は同じですか」
安全をサービス提供側だけの閉じた作業にせず、 必要な情報を 本人・家族とも共有できる関係が望まれます。
車椅子をめぐっては、 送迎時の安全確保だけでなく、 本人の身体状況や生活に合った車椅子を 必要な時期に利用できる制度も重要です。
2026年9月には、 車椅子・電動車椅子を 補装具費支給制度の「借受け」対象に加えるかが 厚生労働省の検討会で議論されています。
「安全」だけでなく、その人の生活や尊厳から考える
車椅子送迎の安全を考えることは、 事故防止だけの問題ではありません。 「尊厳」「QOL」「当事者主体」などのことばと結びつけると、 なぜ安全な移動を支えることが福祉実践なのかを もう一段深く考えることができます。
「ふくしのことば」から関連することばを確認する →車椅子送迎の安全について、よくある質問
車椅子を車両へ固定すれば、シートベルトはいらないですか?
同じものではありません。 車椅子の固定は 車椅子そのものの移動・転倒を防ぐための対策であり、 車両のシートベルトは 本人の身体を保持するための安全装備です。 それぞれを分けて確認する必要があります。
車椅子に付いている姿勢保持ベルトで代用できますか?
車椅子の座位保持用ベルトと、 車両の乗員保持用シートベルトは 目的が異なります。 車両の取扱説明書等に従い、 適切な乗員保持装置を使用する必要があります。
4点フックで固定すれば、どの車椅子でも同じですか?
一律ではありません。 固定方法は 車両の固定装置や 車椅子フレームの形状などによって異なります。 個別の車両の取扱説明書等を確認してください。
道路交通法上、車椅子利用者にはシートベルト義務がないのですか?
今回の経過報告では、 車いす移動車に 車椅子使用者を乗車させる場合について、 道路交通法上の座席ベルト装着義務の対象とはならないと 解されている旨が整理されています。
ただし、 これはシートベルトが 安全上不要という意味ではありません。
2027年度から新しい事故報告が義務化されますか?
経過報告では、 2027年度から 国の事故情報報告システムを通じた 市町村への連絡が予定されているとされています。
ただし、 具体的な運用や入力項目については、 今後の正式な公表内容を確認する必要があります。
「死亡事故30件」は「30人死亡」と同じ意味ですか?
一次資料が示している表現は 「死亡事故30件」です。
本記事では、 資料で直接確認できる範囲を超えて 「30人死亡」とは表現していません。
安全だから移動できる環境をつくる
介護の送迎を考えるとき、 事故を防ぐことは当然重要です。
しかし、 安全だけを切り離して考えると、 「危険なら外出しない方がよい」 「車椅子のまま乗らない方がよい」 という方向へ 簡単に傾くことがあります。
けれど、 送迎の先にあるのは、 その人の生活です。
デイサービスへ通うこと。
リハビリテーションを受けること。
医療へアクセスすること。
人と会うこと。
自宅以外の場所で時間を過ごすこと。
地域の中で暮らし続けること。
送迎は単なる 「人をA地点からB地点へ運ぶ業務」 ではなく、 その人の生活圏や 社会参加を支える福祉実践の一部でもあります。
「毎日やっていることだから大丈夫」と考えるのでもない。
安全を守りながら、 その人が移動できる機会をどう支えるか。
この問いは、 「事故を起こさない」という安全管理と、 本人の 尊厳やQOL を対立させるためのものではありません。
むしろ、 本人が必要な場所へ行き、 人や社会とのつながりを保つために、 どのように安全な環境を整えるのかを 考えることが必要です。
そのためには、 「どう安全に送迎するか」だけでなく、 本人に合った車椅子・電動車椅子を、必要な時に選び利用できる仕組み も重要です。 補装具費支給制度では現在、 車椅子・電動車椅子を「借受け」の対象に加えるかが議論されています。
個人の注意力ではなく、仕組みとして安全をつくる
正しい固定方法を共有する。 実車で確認する。 車椅子や車両が変われば手順を見直す。 新人にも同じ安全水準を伝える。
そして、 事故やヒヤリハットを 「誰が悪かったのか」を追及する材料だけではなく、 「どの仕組みを変えれば次の事故を防げるのか」 を考える情報として扱う。
そうした積み重ねによって、 「安全だから移動できる」環境をつくること 。
福祉教育ラボでは、 それが介護現場における 送迎事故防止を考えるうえで、 大切な視点の一つだと考えます。
今回の報告で分かったこと、まだ分かっていないこと
今回の経過報告からは、 車椅子送迎中に重大事故が起きていること、 固定やシートベルトの不適切な使用が 確認された事例があること、 そして安全を 製品・サービス・制度まで含めて 考える必要があることが見えてきました。
一方で、 調査はまだ続いています。
消費者安全調査委員会は、 事故原因の究明や 実効的な再発防止策の検討に加え、 自動車衝突時の 車椅子使用者の挙動や シートベルト着用効果について、 コンピュータシミュレーションによる分析も進めています。
今回の経過報告だけで、 「安全な送迎方法の最終的な答え」 が示されたわけではありません。
福祉教育ラボでも、 消費者安全調査委員会の最終報告、 事故情報報告システム、 JISの動向など、 今後の一次資料を継続して確認します。
一次資料・参考資料
-
消費者安全調査委員会
「車椅子使用者を自動車で送迎中の事故に係る事故等原因調査について(経過報告)」
2026年7月29日
経過報告(PDF)を確認する -
消費者庁
「車椅子使用者を自動車で送迎中の事故」
調査ページを確認する -
厚生労働省
「介護保険最新情報Vol.1530
消費者庁消費者安全調査委員会
『車椅子使用者を自動車で送迎中の事故に係る事故等原因調査について(経過報告)』
等の共有について」
2026年7月30日
介護保険最新情報Vol.1530を確認する -
公益財団法人テクノエイド協会
「福祉用具『事故・ヒヤリハット』情報」
事故・ヒヤリハット情報を確認する -
公益財団法人テクノエイド協会
Case 303
「送迎車に乗車中、急ブレーキ。
車いすは固定されていたが、
人の体は前方に投げ出されそうになる」
事例を確認する
記事内容は2026年8月27日時点の公表資料に基づいています。
2026年9月10日:関連記事への内部リンクと見出し表現を調整しました。


