介護における共感的理解とは|認知症ケアの声かけ・具体例・支援への生かし方
介護の現場では、「利用者の気持ちに寄り添いましょう」「共感することが大切です」とよく言われます。
けれども、あらためて「介護における共感的理解とは何ですか」と問われると、説明するのは意外に難しいものです。
相手と同じ気持ちになることでしょうか。
「つらいですよね」と優しく声をかけることでしょうか。
本人の希望を否定せず、すべてそのとおりにすることでしょうか。
福祉教育ラボでは、介護における共感的理解を、本人の言葉や行動を「こういう気持ちなのだ」と決めるのではなく、その人にとっての意味を考え、本人に確かめ、理解したことを具体的な支援へ反映し、本人の反応を見ながら修正していく営みとして整理します。
大切なのは、「わかること」だけではありません。理解したことが、その人の暮らしを支える介護へつながっているか。そこまで考えて初めて、共感的理解は介護実践になります。
共感的理解とは、
相手の気持ちを
「わかった」と決めることではありません。
本人にとって、その言葉や行動がどのような意味を持つのかを考え、本人に確かめ、その理解を支援へ反映し、本人の反応からもう一度見直していくことです。
「わかろうとし続ける」ことを、
具体的なケアへつなげる
介護における共感的理解とは
共感的理解の理論的背景には、心理学者カール・ロジャーズの考えがあります。ロジャーズは、援助者自身の価値観から相手を判断するのではなく、本人が経験している世界を、その人自身の側から理解しようとすることを重視しました。[1]
介護で考えると、「普通はこう感じるはずだ」ではなく、「この人にとって、これはどのような経験なのだろう」と考えることです。
同じ介護を受けていても、その意味は人によって違います。人に手伝ってもらうことで安心する人もいれば、「自分でできなくなった」「家族に迷惑をかけている」「人の世話になりたくなかった」と感じる人もいます。
入浴、食事、排泄、移動、家族との関係、施設での生活。外側から見れば同じ出来事であっても、本人にとっての意味は一人ひとり異なります。
だからこそ、共感的理解は「本人の気持ちを当てること」ではありません。自分なりの理解を持ちながらも、「本当にそうなのだろうか」と問い続けることが大切です。
「わかった」と決めることではない
介護職には、経験と専門知識があります。長く働いていれば、「この表情なら不安なのだろう」「こういう言い方をするときは帰宅願望だ」「認知症だから混乱しているのだろう」と考えることもあるでしょう。
経験から仮説を持つこと自体が悪いわけではありません。むしろ、専門職として必要なことです。
仮説を持つことと、本人の気持ちを決めることは違います。
「私は今、このように受け取っている」という理解を持ちながら、本人の言葉、表情、行動、その後の反応によって、その理解を修正できる状態にしておくことが重要です。
「わかります」と言うだけでは共感にならない|介護の声かけ
たとえば、利用者が「家族に迷惑ばかりかけている」と話したとします。
そこで職員が「その気持ち、わかります」と返すことがあります。もちろん、その一言で安心する人もいます。
しかし、職員には本人とまったく同じ人生経験があるわけではありません。
本人が言う「迷惑」とは何なのでしょうか。介護を受けていることへの申し訳なさでしょうか。家族の仕事や生活を邪魔していると感じているのでしょうか。家族との関係が変わってしまったことへの悲しさでしょうか。あるいは、「以前のように家族を支える側でいたかった」という思いかもしれません。
同じ「迷惑をかけている」という言葉の中にも、いくつもの意味が考えられます。
「ご家族に負担をかけているように感じているのですね」
「どのようなときに、そう感じますか」
このように、自分が理解したことを本人へ返し、「私はこのように受け取りました。あなたにとってはどうでしょう」と、対話を開いておくことができます。
共感的な声かけとは、気の利いた言葉を言う技術ではありません。理解したことを言葉や態度で返しながら、その理解が本人にとって合っているかを確かめていくことです。
共感・同情・同意はどう違うのか
介護では、共感的理解と「同情」「同意」が混同されることがあります。
相手を外側から見て、つらそうだ、気の毒だと感じること
相手を思いやる感情ですが、本人にとってその経験が何を意味するのかを理解することとは同じではありません。
相手の意見や要求に賛成し、それを認めること
共感することは、相手の希望や考えをすべてそのまま実現することではありません。
相手の立場から、その人が経験している世界を理解しようとすること
すぐに答えを決めず、言葉の背景にある思いや意味を本人に確かめます。
共感的理解は、「何でも受け入れること」ではありません。
たとえば、利用者が「今すぐ一人で家に帰りたい」と希望していても、安全上、その希望をそのまま実現することが難しい場合があります。
そのとき、「帰宅を認めない=共感していない」ということではありません。
帰宅には同意できなくても、なぜ帰りたいのか、何が気になっているのか、今いる場所で何を不安に感じているのかを理解しようとすることはできます。
具体例|「家に帰りたい」という言葉をどう理解するか
施設で暮らしているAさんが、夕方になると「家に帰らないと」と繰り返しているとします。
職員から見れば、現在生活している施設がAさんの暮らしの場です。そのため、「今日はここに泊まる日ですよ」「ここが今のお家ですよ」と説明したくなるかもしれません。
しかし、事実を説明すれば、必ず本人が安心できるとは限りません。
本人の言葉
その言葉を、一つの意味に決めつけていないでしょうか。
家族のことが気になっている
住み慣れた家や、これまでの日常に戻りたい
仕事や家事など、やらなければならないことがあると感じている
今いる場所に落ち着かなさや居心地の悪さがある
夕方の疲れや見当識の変化などが重なっている
痛み、空腹、排泄、眠気などが気になっている
仮説を持つことと、決めつけることは違います。
本人は、何を伝えようとしているのだろう。
大切なのは、一つの言葉から一つの答えを出すことではありません。
そのときの表情や声の調子、時間帯、周囲の環境、身体状態、これまでの生活歴などを手がかりにしながら、本人が何を伝えようとしているのかを確かめていきます。
認知症ケアにおける共感的理解
認知症があっても本人には意思がある
認知症のある人への共感的理解を考えるとき、忘れてはならないのが本人の意思です。
厚生労働省の「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(第2版)」では、認知症があっても、本人が意思を形成し、表明し、実現できるよう支援することが重要とされています。まず本人が表明している意思や選好を確認し、その人が意思決定に参加できるよう支えることが基本になります。[2]
「認知症だから分からないだろう」と最初から本人を意思決定の外へ置くのではありません。
言葉だけが意思表示ではない
本人の意思は、はっきりした文章だけで示されるとは限りません。
表情、身振り、視線、声の調子、身体の動き、何かを選ぶ・避けるといった行動も、本人の意思や選好を理解するための手がかりになります。[3]
介護職は、日常生活の近くで本人と関わるからこそ、このような小さな変化に気づくことのできる専門職でもあります。
言葉だけを聞くのでもなく、言葉を無視するのでもない。本人の発言、表情、生活歴、身体状態、環境をつなげながら、その人が何を伝えようとしているのかを丁寧に探っていく必要があります。
共生社会の実現を推進するための認知症基本法も、認知症の人が尊厳を保持し、希望を持って暮らすことのできる共生社会の実現を掲げています。共感的理解は、単なる「感じのよい接遇」ではなく、本人の尊厳や意思を具体的な生活支援の中で尊重するための基盤です。[4]
事実を訂正しないことが、いつも正しいわけではない
認知症ケアでは、「本人の言うことを否定してはいけない」と説明されることがあります。
確かに、本人の発言をその場ですぐ訂正することで、不安や混乱を強めてしまう場合があります。
たとえば、「仕事に行かなければ」と焦っている人に、「もう仕事は辞めていますよ」と事実だけを伝えても、その人が感じている焦りや責任感には届かないことがあります。
その場合、「仕事のことが気になっているのですね」「遅れないか心配なのですか」と、本人の経験している意味へ近づく方法があります。
しかし、「どのような場合でも訂正してはいけない」という一律の正解があるわけでもありません。本人の理解力、心理状態、安全への影響、本人との関係などによって対応は変わります。
また、本人を安心させるためであっても、事実ではない話を積極的につくることが常に望ましいとも限りません。バリデーション療法についても、効果を断定できるほど十分な研究結果がそろっているわけではありません。[7]
大切なのは、「訂正するか、訂正しないか」という二択だけで考えないことです。その関わりが、本人の安心、尊厳、意思の尊重につながっているかを見る必要があります。
共感的理解を介護実践へつなげる5つの段階
相手の気持ちを理解しようとすることは大切です。しかし、「気持ちはよく分かりました」で終われば、介護実践は変わりません。
福祉教育ラボでは、ロジャーズの共感的理解、認知症の意思決定支援、介護過程の考え方を踏まえ、共感的理解を介護へつなげる流れを次の5段階で整理します。
受け取る
言葉だけでなく、表情、声、視線、身体の動きを見る。 本人は、いま何を表しているのだろう。
背景を考える
生活歴、これまでの役割、家族関係、身体状態、環境と結びつける。 この言葉や行動には、どのような背景があるのだろう。
本人に確かめる
理解したことを決めつけず、言葉や態度で本人に返す。 「何か気になることがありますか」
支援に反映する
声かけ、環境、日課、活動、家族との連絡、ケア計画を見直す。 本人の安心や希望につなげるために、何を変えられるだろう。
振り返る
本人の表情や行動の変化を見て、最初の理解と支援を修正する。 この関わりは、本当に本人にとってよかっただろうか。
共感的理解は、「聴いて終わること」ではありません。
理解 → 支援 → 本人の反応 → 再理解という循環の中で、介護実践へつながっていきます。
理解したことを、具体的な支援へどう変えるか
先ほどのAさんについて、夕方になると家族や仕事のことを心配している可能性が見えてきたとします。
そこで「帰りたいんですね」と共感的な言葉をかけるだけで終わってよいのでしょうか。
介護として重要なのは、その理解を生活支援へつなげることです。
- 本人が安心できる夕方の日課を考える
- これまで担ってきた役割を活動の中へ取り入れる
- 家族との連絡方法を検討する
- 本人が落ち着ける場所を探す
- 痛み、空腹、排泄などの身体状態を確認する
- 夕方の刺激や環境を調整する
そして実施後に、本人の表情はどう変化したか、「家に帰りたい」という言葉の回数だけでなく、不安そうな様子はどう変わったか、本人自身はその時間をどう経験しているかを確認します。
共感的理解は、情報収集 → 解釈 → 関連づけ → 統合 → 支援の計画 → 実施 → 評価という介護過程ともつながります。
共感的理解はコミュニケーションだけの問題ではありません。本人を理解し、個別ケアをつくるためのアセスメントにも関わっています。
共感的理解とパーソン・センタード・ケアの関係
共感的理解は、パーソン・センタード・ケアとも深く関係します。ただし、両者は同じものではありません。
共感的理解は、本人の経験世界を本人の側から理解しようとする対人援助上の姿勢です。一方、パーソン・センタード・ケアは、病気や障害、介護業務だけを見るのではなく、その人を一人の人として捉え、本人を中心に生活やケアを組み立てようとする考え方です。
認知症の人を対象としたパーソン・センタード・ケアについては、2017年のシステマティックレビュー・メタ分析で、興奮や一部の神経精神症状、抑うつ、生活の質への改善が報告されています。[5]
一方、2019年の組織レベルのレビューでは、生活の質には小さな改善がみられたものの、すべてのアウトカムで一貫した効果が確認されたわけではありません。[6]
重要なのは、これらが「共感的な一言を言えば症状が改善する」という研究ではないことです。本人の価値観や生活歴を踏まえた関わり、活動、環境調整、職員教育、組織づくりなどを含むケア全体についての研究です。
共感的理解は、本人中心のケアを考える重要な基盤です。しかし、理解を具体的な生活支援へ変えることが必要です。
共感することと、感情に巻き込まれることは違う
共感的理解は、利用者の苦しみをすべて自分の苦しみとして抱え込むことではありません。
利用者の悲しみに触れ、職員も悲しくなることがあります。怒りを向けられて傷つくこともあります。「何とかしてあげたい」と強く感じることもあります。
その感情自体が悪いわけではありません。職員自身の中に生じた感情は、本人との関係を考える大切な手がかりにもなります。
ただし、本人の感情と、自分自身の感情を区別することも必要です。
バイステックが示した「統制された情緒的関与」でも、援助者に感情を持たないことが求められているわけではありません。相手の感情を感じ取りながら、自分自身の感情にも気づき、援助の目的に沿って応答することが重視されます。[8]
温かく関わることと、専門職として適切な距離を保つことは、対立するものではありません。
共感的理解を職員個人の「優しさ」だけに委ねない
ここまで読むと、「では、職員一人ひとりがもっと丁寧に寄り添えばよい」と思うかもしれません。
しかし、共感的な介護を職員個人の人柄や努力だけに委ねることにも問題があります。
本人の話を丁寧に聴くには時間が必要です。生活歴を理解するには情報共有が必要です。「この人はなぜこう話すのだろう」と考えるには、職員同士で話し合う機会が必要です。自分の関わりに迷ったときには、相談できる環境も必要です。
共感しにくくなる職場の条件
- 丁寧に話を聴く時間がない
- 本人の生活歴が共有されていない
- 困ったときに相談できない
- 支援を振り返る機会がない
- 業務の遂行だけが優先される
チーム・組織として支えたいこと
- 本人の情報をチームで共有する
- 言葉や行動の意味を話し合う
- 職員の迷いや感情を言葉にする
- ケアを振り返る時間をつくる
- 教育やスーパービジョンを用意する
- 管理者が本人中心の判断を支える
組織レベルのパーソン・センタード・ケアを扱ったレビューでも、管理者のリーダーシップ、職員教育やスーパービジョン、資源配分、組織文化、職員配置など、組織全体の要素が実践に関係すると整理されています。[6]
そのため、共感的な支援ができない理由を、職員一人ひとりの人柄や努力だけに求めてはいけません。
「もっと寄り添いましょう」と職員に求めるだけでは、共感的な介護は続きません。個人の姿勢と、それを支えるチームや組織の両方が必要です。
介護実践で共感的理解を振り返る7つの問い
- 本人の気持ちを、早く決めつけていなかったか
- 自分の価値観を、本人の希望として扱っていなかったか
- 言葉だけでなく、表情や行動、身体の変化にも目を向けていたか
- 自分の理解を、本人に確かめていたか
- 理解したことを、具体的な支援につなげていたか
- 支援後の本人の反応を見て、理解や関わりを修正していたか
- 自分たちの理解や支援によって、本人の選択肢を必要以上に狭めていなかったか
「この人は、いま、どのような世界を経験しているのだろう」
その問いを、支援の中で持ち続ける。
まとめ|共感的理解とは「わかろうとし続け、支援を変え続けること」
私たちは、他者の気持ちを完全に知ることはできません。
長く関わっている利用者であっても、家族であっても、その人の内側にある世界のすべてを知ることはできません。
だからこそ、簡単に「あなたの気持ちはわかります」と言い切らないことも、共感的な姿勢の一つです。
本人の言葉に耳を傾ける。表情や行動を見る。生活歴を知る。身体状態や環境を考える。いくつかの可能性を考える。自分の理解を本人へ返す。支援へつなげる。本人の反応を見る。そして、自分の理解を修正する。
介護における共感的理解とは、一度で完成する技術ではありません。
「この人は、いま、どのような世界を経験しているのだろう」
という問いを持ち続け、その理解に応じて支援を変え、本人の反応から再び学び続けることです。
共感的理解は、「優しく話すための方法」だけではありません。一人ひとりの生活を理解し、その人に合った個別のケアを考え、本人の意思と尊厳を支えるための専門的な営みなのだと、福祉教育ラボでは考えます。
介護における共感的理解のよくある質問
共感的理解とは介護では簡単にいうと何ですか
本人の言葉や行動をすぐに決めつけず、その人にとってどのような意味があるのかを理解しようとし、本人に確かめながら具体的な支援へつなげていくことです。
「わかります」と言うのはよくないのでしょうか
「わかります」という言葉自体が悪いわけではありません。ただし、その一言で本人の経験を理解したことにせず、「何がつらいのだろう」「どのような意味なのだろう」と理解を深めることが大切です。
共感するなら本人の希望をそのまま叶えるべきですか
必ずしもそうではありません。共感的理解と同意は異なります。安全などの理由で本人の希望をそのまま実現できない場合でも、その希望が生まれた背景や本人の思いを理解し、別の方法で希望や安心を支えられないか考えることができます。
認知症の人の発言は、そのまま受け止めればよいですか
すべてそのまま受け入れることでも、すべて訂正することでもありません。本人の理解力、心理状態、安全への影響、生活歴、身体状態などを踏まえ、その言葉が本人にとってどのような意味を持つのかを考える必要があります。
「家に帰りたい」と言われたら何と答えればよいですか
一つの正しい声かけがあるわけではありません。「帰らなければならない事情があるのですね」「何か気になることがありますか」など、本人が何を心配しているのか確認するところから始められます。
共感的理解とパーソン・センタード・ケアは同じですか
同じではありません。共感的理解は本人の経験世界を理解しようとする対人援助上の姿勢です。パーソン・センタード・ケアは、その人を一人の人間として捉え、本人を中心に生活とケア全体を組み立てる考え方です。
共感的理解は介護過程と関係がありますか
関係します。本人の言葉や行動を受け取り、生活歴・身体状態・環境などと関連づけ、本人に確認し、支援を計画・実施し、その反応から評価するという流れは、介護過程にもつながります。
出典・参考資料
理論・公的資料
-
Rogers, C. R. “The Necessary and Sufficient Conditions of Therapeutic Personality Change.”
Journal of Consulting Psychology, 1957, 21(2), 95–103.
DOI: 10.1037/h0045357 -
厚生労働省(2025)「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(第2版)」
令和7年3月。 -
厚生労働省(2024)「介護施設・事業所等で働く方々への 身体拘束廃止・防止の手引き」
令和6年3月。 -
「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」(令和5年法律第65号)
2023年6月16日公布、2024年1月1日施行。
研究レビュー・専門書
-
Kim, S. K., & Park, M. “Effectiveness of person-centered care on people with dementia: a systematic review and meta-analysis.”
Clinical Interventions in Aging, 2017, 12, 381–397.
DOI: 10.2147/CIA.S117637 -
Chenoweth, L., Stein-Parbury, J., Lapkin, S., Wang, A., Liu, Z., & Williams, A. “Effects of person-centered care at the organisational-level for people with dementia. A systematic review.”
PLOS ONE, 2019, 14(2), e0212686.
DOI: 10.1371/journal.pone.0212686 -
Neal, M., & Barton Wright, P. “Validation therapy for dementia.”
Cochrane Database of Systematic Reviews, 2003, Issue 3, Art. No. CD001394.
DOI: 10.1002/14651858.CD001394 -
F. P. バイステック『ケースワークの原則―援助関係を形成する技法』(新訳改訂版)
尾崎新・福田俊子・原田和幸訳、誠信書房、2006年3月。ISBN 978-4-414-60404-7。
※本文中の[番号]は、本欄の資料番号に対応しています。本記事は、ロジャーズの心理療法理論、厚生労働省等の公的資料、認知症ケアに関する研究を踏まえて介護実践へ整理しています。「受け取る → 背景を考える → 本人に確かめる → 支援に反映する → 振り返る」という5段階は、ロジャーズ自身が提示したモデルではなく、福祉教育ラボが介護実践との接続を目的として整理したものです。研究結果は個別の声かけだけの効果として一般化せず、対象・介入内容・研究間の違いを踏まえて記載しています。


