介護DXに543億円を概算要求|2027年度、介護情報基盤・LIFE・AIはどう変わる?
厚生労働省は2026年8月31日、令和9年度(2027年度)予算の概算要求を公表しました。
老健局の「介護分野におけるDX・科学的介護の推進、生産性向上の取組を通じた介護サービスの質の向上等」は、令和8年度予算の28億円から、令和9年度概算要求では543億円となっています。
ただし、この「543億円」は、介護事業所へそのまま配られる補助金でも、AIだけに使われる予算でもありません。
介護情報基盤、LIFE、介護保険制度を支える行政システム、AIを含む介護テクノロジー、人材育成、事業者間の協働化などを含む、大きな政策分野全体の要求額です。
今回の概算要求から見えるのは、介護DXを「新しい機器の導入」だけで考えず、情報基盤、行政システム、データ活用、介護テクノロジー、人材育成、業務改善まで一体として進めようとする方向です。
つまり、介護をデジタル化すること自体が目的ではなく、情報や業務の流れを変え、その先で介護サービスの質をどう高めるかが問われています。
まず押さえたい|543億円を3つの大きな政策で見る
老健局の資料を見ると、介護DX・科学的介護・生産性向上の分野では、性格の異なる複数の事業が並んでいます。
特に金額が大きいのが、次の3つです。
介護情報基盤・LIFE等に129億円|情報を「つなぐ」基盤へ
まず大きいのが、「介護関連データ利活用に係る基盤構築事業」です。
令和8年度予算57百万円から、令和9年度概算要求では129億円となっています。老健局資料には、令和7年度補正予算125億円も併記されています。
厚生労働省は、この事業について、介護情報基盤の開発や科学的介護情報システム「LIFE」等の関連システムを改修するとともに、介護事業所等がそれらを利用するための環境整備を支援するとしています。
その目的として明記されているのが、介護情報等を保険者である市町村や介護事業所等で適切に活用できる環境を整え、
「業務の効率化」と「介護サービスの質の向上」
を進めることです。
情報基盤ができれば、自動的に現場の仕事が減るわけではない
データがつながることで、同じ情報を何度も確認したり、別のシステムへ転記したりする作業が減る可能性があります。
しかし、基盤ができただけで現場の業務負担が自動的に減るわけではありません。
既存の介護ソフトとどうつながるのか。
二重入力は本当に減るのか。
新たな確認作業が増えないか。
誰がどの情報へアクセスできるのか。
実際の業務の流れまで見直して初めて、情報基盤の整備が現場のDXにつながります。
制度改正を支えるシステム整備に123億円
次に大きいのが、「介護保険制度の運用等に必要なシステム整備事業」です。
令和8年度予算1.2億円から、令和9年度概算要求では123億円。令和7年度補正予算94億円も併記されています。
こちらは、介護事業所へロボットやタブレットを導入するための予算ではありません。
厚生労働省は、令和9年度・10年度、つまり2027・2028年度の報酬改定や制度改正等に対応するため、
都道府県システム、市町村等の保険者システム、国民健康保険団体連合会の介護保険審査支払システムなどを改修するとしています。
介護報酬改定では、単位数や加算だけでなく、請求、審査、給付管理など制度の裏側にある多くの情報処理も変わります。
制度が変われば、その制度を実際に動かしているシステムも改修しなければなりません。
LIFEは「データを集める」だけでなく「使う」段階へ
LIFEは、Long-term care Information system For Evidence の略で、科学的介護情報システムを指します。
今回の概算要求では、介護情報基盤の関連システムとしてLIFEの改修が位置づけられています。
さらに「科学的介護に向けた質の向上支援等事業」は、令和8年度39百万円から令和9年度89百万円へ拡充要求されています。
厚生労働省は、LIFEの利活用に関する好事例を収集し、介護事業所や自治体におけるLIFE活用の普及を支援するとしています。
ここから見えてくるのは、「データを提出する」だけでなく、「データを現場でどう使うのか」へ政策の重点を広げようとしていることです。
データが増えれば、それだけで良い介護になるのか
もちろん、データは重要です。
利用者の状態変化を確認したり、ケアを振り返ったりする材料になります。
一方で、数字だけでは分からないものもあります。
なぜ変化したのか。
本人はその変化をどう感じているのか。
その人が大切にしている生活は続けられているのか。
データは、支援を考えるための材料であって、それだけで支援の答えを決めるものではありません。
AIを含む介護テクノロジー等に新規240億円
今回、介護現場へ比較的直接つながりやすいのが「介護テクノロジー導入・協働化・経営改善等支援事業」です。
令和9年度概算要求では、新規240億円。令和7年度補正予算220億円も併記されています。
厚生労働省は、この事業で、介護事業所におけるAI活用を含む介護テクノロジー等の導入費用や、地域全体で導入する費用を補助するとしています。
さらに対象は機器導入だけではありません。
つまり、「AIに240億円」という意味でもありません。
AIを含むテクノロジーを導入し、それを使える人を育て、業務の仕組みを変え、小規模事業者を含む事業者同士の協働や経営改善まで支援する事業です。
介護テクノロジーの開発・実証にも8.8億円
「介護テクノロジー開発・普及等加速化事業」は、令和8年度3.2億円から、令和9年度概算要求8.8億円へ拡充されています。
この事業では、AIを含む介護テクノロジー等の実証を進め、介護現場における生産性向上についてエビデンスを充実させることが示されています。
また、CARISO(CARe Innovation Support Office)による技術開発支援や、実証フィールドの提供なども行うとしています。
さらに、厚生労働省資料には「在宅サービスを含む生産性向上の取組のロールモデルの調査・研究等」と明記されています。
これまで介護テクノロジーや生産性向上というと、見守り機器などを導入しやすい施設系サービスをイメージすることも多くありました。
今後は、訪問、通所、居宅介護支援なども含め、在宅サービスでテクノロジーや業務改善をどう活用するかがより重要になっていく可能性があります。
DXを使いこなす「人」を育てる予算も拡充
「介護分野における生産性向上・人材育成等推進事業」は、令和8年度1.2億円から、令和9年度概算要求1.5億円へ拡充されています。
内容には、セミナーや好事例の表彰だけでなく、
デジタル中核人材の養成研修、民間事業者等による研修プログラムの開発、伴走支援者の養成、小規模事業者等の協働化を進める人材の育成などが含まれています。
介護サービス情報公表システム等も3.8億円から9.6億円へ
「介護サービス情報公表システム整備等事業」は、令和8年度3.8億円から、令和9年度概算要求9.6億円へ拡充されています。
対象は、一般に知られている介護サービス情報公表システムだけではありません。
厚生労働省は、
電子申請・届出システム、介護サービス事業者経営情報データベースシステム、災害時情報共有システムなどのサブシステム改修も行うとしています。
ここでも、介護DXが単なる介護記録の電子化ではないことが分かります。
指定申請、事業者情報、経営情報、災害時の情報共有など、行政と介護事業者をつなぐ仕組みそのものもDXの対象になっています。
「543億円」を見るときに注意したい3つのこと
介護の生産性向上は「少ない人数で多くこなすこと」だけではない
2027年度介護報酬改定に向けた議論でも、介護現場の生産性向上は重要な論点になっています。
厚生労働省は、第263回介護給付費分科会の資料で、介護現場における生産性向上について、介護テクノロジーの活用やタスクシフト・シェアなどによって業務の改善・効率化を進め、
職員の業務負担を軽減すること、
直接的な介護業務時間を増やすこと、
残業削減や休暇取得、教育・研修機会など職員への投資を充実させること、
などを通じて、介護サービスの質の向上につなげる考え方を示しています。
つまり、「人を減らすこと」そのものが目的として示されているわけではありません。
現場はいま何をすればよいのか
今回の概算要求を見て、「では、どのAIやシステムを買えばよいのか」と急いで考える必要はありません。
むしろ先に、自分たちの業務を見直すことが重要です。
「何を買うか」の前に、「何を変えたいのか」を考える。
この順番を逆にしないことが、介護DXでは重要になります。
介護DXの背景には、これからの介護人材の問題もある
厚生労働省が第9期介護保険事業計画のサービス見込み量等をもとに集計した介護職員の必要数は、
ここで注意したいのは、「2040年度に57万人不足する」と確定している数字ではないことです。
今後見込まれる介護サービス量を支えるために、2040年度には2022年度より約57万人多い、約272万人の介護職員が必要になるという推計です。
人材確保が難しくなるなかで、介護職員が本当に専門性を発揮すべき仕事へ時間を使える仕組みをつくることも、介護DXや生産性向上政策の背景にあります。
まとめ|介護DXは「機械」より「介護の仕組み」を変える話
- 厚生労働省老健局は、介護DX・科学的介護・生産性向上等の分野で、令和9年度概算要求543億円を計上しています。
- 543億円は介護事業所へ直接配られる一つの補助金ではありません。
- 介護情報基盤等の構築に129億円、2027・2028年度制度改正等に対応するシステム整備に123億円が要求されています。
- AIを含む介護テクノロジー導入・協働化・経営改善等支援事業は新規240億円です。
- LIFE活用支援、介護テクノロジーの実証、人材育成、介護サービス情報公表システム等も拡充要求されています。
- 現時点では概算要求であり、最終的な令和9年度予算額ではありません。
今回の概算要求を通じて見えてくるのは、
情報をつなぐ。
重複する仕事を減らす。
データを活用する。
テクノロジーを導入する。
それを使いこなす人を育てる。
小規模事業者も含めて協働する。
そうした取組を、別々ではなく一体として進めようとする方向です。
介護は、人と人との関係の中で行われる仕事です。
表情を見る。
声の変化に気づく。
本人の迷いを聞く。
家族と話す。
支援の方向をチームで考える。
そして、「この人はどう暮らしたいのだろう」と問い続ける。
こうした仕事を、すべてデジタルやAIへ置き換えることはできません。
一方で、同じ内容を何度も入力する、紙からシステムへ転記する、必要な情報を探す、書類を整えるためだけに時間を使う、といった仕事まで「介護だから人がやらなければならない」と考える必要もありません。
DXによって10分の時間が生まれたとします。
その10分を、さらに仕事を詰め込むために使うのか。
それとも、利用者の話を聞く、アセスメントを深める、ケアを振り返る、職員が学ぶ、職員が休む、といった時間へ戻すのか。
同じ「生産性向上」でも、その先にある介護は大きく違います。
技術そのものに、福祉の方向性はありません。
その技術を何のために使うかを決めるのは、人です。
543億円という大きな数字を見るとき、福祉教育ラボでは「どのシステムにいくら使われるのか」だけでなく、
職員の仕事は本当に変わるのか。
利用者へのケアはどう変わるのか。
本人の生活や選択肢をより豊かにできるのか。
というところまで見ていきたいと思います。
介護DXの目的は、介護を「デジタルにすること」そのものではありません。
デジタルを使うことで、人が人に向き合うための時間を取り戻せるのか。
2027年度に向けた介護DXを考えるうえで、大切にしたい視点です。


