厚労省、認知症当事者の「1日」を追う映像を製作 「新しい認知症観」を伝える
厚生労働省は2026年8月10日付の報道発表で、 認知症とともに生きる2人の当事者の ありのままの「1日」に密着した短編ドキュメンタリー映像 『one day of life』を製作したと発表しました。
今回の取り組みの背景にあるのが、 認知症になってからも希望を持って自分らしく暮らし続けることができるという 「新しい認知症観」です。
今回、厚労省が発表したこと
厚生労働省は、認知症に関する知識や認知症の人への理解を深める 「認知症普及啓発事業」の一環として、 短編ドキュメンタリー映像『one day of life』を製作しました。
作品では、高知県と香川県で暮らす2人の認知症当事者の それぞれの「1日」を追います。 上映時間は高知編15分、香川編15分の計約30分です。
2026年9月7日には、認知症基本法で定められている9月の 「認知症月間」に合わせ、東京都内で完成披露上映会が開催されます。
「認知症の人」ではなく、2人それぞれの暮らしを見る
今回の作品に登場するのは、高知県で暮らす山中しのぶさんと、 香川県で暮らす渡邊康平さんです。
厚生労働省の報道発表から案内されている特設サイトでは、 2人の診断後の経過や現在の暮らし、活動について紹介されています。 ここでは、その公開情報の範囲で概要を整理します。
山中しのぶさん
- 特設サイトでは49歳と紹介
- 41歳で若年性認知症と診断
- 一時は将来への不安から外へ出ることが難しい時期を経験
- 認知症とともに生きる当事者との出会いを経て、デイサービスを起業
- 自身の経験やメッセージを伝える活動にも取り組む
渡邊康平さん
- 特設サイトでは84歳と紹介
- 72歳で認知症と診断
- 妻と暮らしながら、現在も家事を担う
- 病院の「オレンジカフェ」で相談員として活動
- 新たに認知症と診断された人たちとも関わっている
2人は、本当に
「支援される人」だけでしょうか。
仕事をつくる人。
家事を担う人。
経験を伝える人。
誰かの相談に応じる人。
背景にある「新しい認知症観」とは
今回のドキュメンタリーを理解するうえで重要なのが、 厚生労働省が公式発表でも示している「新しい認知症観」です。
2024年12月3日に閣議決定された「認知症施策推進基本計画」では、 認知症になったら何もできなくなると捉えるのではなく、 認知症になってからも、一人ひとりにできることや、やりたいことがあり、 住み慣れた地域で人とつながりながら、 希望を持って自分らしく暮らし続けることができるという考え方が示されています。
↓
できないことが増える
↓
支援を受ける人として見る
↓
できること・やりたいことがある
↓
人とつながり、希望を持つ
↓
自分らしく暮らし続ける
※上図は「認知症施策推進基本計画」の記述をもとに、 福祉教育ラボが理解のために整理したものです。 厚生労働省がこの形式の対比図を公表しているものではありません。
基本計画ではさらに、認知症の人を単に「支える対象」としてだけ捉えるのではなく、 一人の尊厳ある個人として捉え、その個性や能力、経験、工夫を生かしながら、 ともに支え合って生きられるようにすることの重要性が示されています。
また、第1期基本計画の重点目標の第一には、 国民一人ひとりが「新しい認知症観」を理解していることが掲げられています。
認知症基本法も「暮らしの主体」として本人を位置づける
「新しい認知症観」は、単なる啓発用のキャッチフレーズとして 切り離して考えるものではありません。
2024年1月1日に施行された 「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」は、 認知症の人が尊厳を保持しながら希望を持って暮らせることを目的に掲げています。
基本理念では、認知症の人を基本的人権を持つ個人として位置づけ、 自らの意思によって日常生活や社会生活を営めること、 社会の対等な構成員として活動に参画する機会が確保されること、 本人の意向を十分に尊重した保健医療・福祉サービスが提供されることなどが 定められています。
また同法では、9月21日を「認知症の日」、 9月1日から30日までを「認知症月間」としています。
なぜ「本人の1日」を伝えるのか
認知症施策推進基本計画では、 学校教育や社会教育において認知症の人と関わったり、 本人の声を聴いたりすることを通して、 「新しい認知症観」への理解を深める方向性が示されています。
また、認知症の人に関する理解を深める施策として、 「本人発信を含めた運動の展開」も位置づけられています。
厚生労働省の発表資料では、 「なぜ『1日』という構成を選んだのか」という製作意図まで 詳細に説明されているわけではありません。
そのため、ここからは福祉教育ラボとしての読み解きになります。
基本計画が、本人の声を聴くことや本人自身による発信を重視していることを踏まえると、 症状や制度を説明するだけではなく、 2人が実際に過ごしている日常を映す今回の構成は、 「認知症の人を一人の生活者として理解する」という 政策の方向性と重なっていると考えられます。
9月7日に完成披露上映会
登壇者やイベント内容等は変更となる場合があります。 最新情報は厚生労働省または特設サイトでご確認ください。
厚生労働省は、このドキュメンタリーに関連するショート動画などの コンテンツシリーズを、厚生労働省YouTubeで順次公開するとしています。
認知症ケアにおいて、認知機能の変化や生活上の困難を把握することは欠かせません。 必要な支援を考えるためにも、「できなくなったこと」を知る必要があります。
しかし、それだけで一人の人を理解したことにはならないはずです。
山中さんには、事業を立ち上げ、自らの経験を伝える姿があります。 渡邊さんには、家庭で役割を担いながら、 オレンジカフェで別の人の相談に応じる姿があります。
認知症と診断された後にも、 人との関係があり、役割があり、誰かを支える場面があります。
認知症施策推進基本計画が示しているのも、 認知症の人を一方的に支援される存在としてだけ捉えるのではなく、 意思や個性、能力、経験を持つ一人の人として捉える方向性です。
「この人は、どんな一日を生きているのだろう。」


