変わろうとした職員を、現場が元に戻してしまう。一人の学びをチームの実践に変えるためにできること。
前日の研修で、介護職員のAさんは「本人の行動には理由がある」と学びました。
研修を終えたAさんは、「明日からは、行動を止める前に理由を聞いてみよう」と決めて、職場へ戻りました。
研修の翌日、いつもと違う声をかけた
翌日、Aさんの前で、椅子に座っていた利用者が立ち上がろうとしました。
いつもなら、「危ないので、立たないでください」と声をかける場面です。
けれど、その日は一度、言葉をのみ込みました。
「どこへ行きたいですか」
利用者は、少し驚いたような表情で答えました。
「トイレに行きたい」
Aさんは利用者と一緒に立ち上がり、トイレまで付き添いました。
立ち上がりを止めるのではなく、理由を確かめることができた。Aさんは、自分にもケアを変えられるかもしれないと感じました。
しかし、現場の時間は待ってくれなかった
その間、別の利用者の食事介助が遅れ、記録も予定より後ろへずれました。
同僚のBさんが、少し困った表情で声をかけます。
「一人ひとりに、そんなに時間をかけていたら仕事が終わらないよ」
「歩いて転んだら、誰が責任を取るの?」
「Aさんだけ違うことをすると、ほかの職員も困るよ」
Aさんは、責められたように感じました。
けれど、Bさんの仕事を増やしてしまったことも事実です。利用者のために始めたことが、チームへの迷惑になっているのではないか。自分の考えは、現場を知らない理想論だったのではないか。
最初の数日は、できるだけ理由を聞こうとしました。
しかし、忙しい時間帯には周囲の視線が気になり、記録や申し送りで新しい方法を説明することにも疲れていきました。相談する時間もなく、事故への不安も消えません。
数日後、同じ利用者が立ち上がろうとしたとき、Aさんの口から以前と同じ言葉が出ました。
「危ないので、立たないでください」
Aさんの意欲が消えたのではありません。
一人で変わり続けることに、疲れてしまったのです。
Aさんに足りなかったのは、意欲だったのか
Aさんには、知識がありました。
利用者を大切にしたいという気持ちもありました。実際に、新しい声かけを試す行動も起こしています。
それでも、元の方法へ戻りました。
ここで、「研修を受けても実践しなかった」「本人の意識が低かった」と評価してしまえば、現場で起きていたことを見落とします。
現場が変わらないのではありません。
変わった人を、現場の日常が元へ戻していることがあります。
現場には「元へ戻す力」がある
職場には、マニュアルに書かれていない「いつものやり方」があります。
- 決められた時間までに食事や排泄介助を終える
- 転倒や事故を起こさないことを優先する
- 周囲の職員と同じ手順で動く
- 次の勤務者へ仕事を残さない
- 忙しい場面では、対話よりも業務処理を優先する
新しい実践は、Aさん一人の行動だけを変えるものではありません。
一人の利用者にかける時間が変われば、ほかの職員の役割や時間配分も変わります。見守り方を変えれば、事故が起きたときの責任についても不安が生じます。
そのため、チームは悪意がなくても、これまでと異なる行動を「個人プレー」と感じ、元の方法へ戻そうとすることがあります。
同僚は、変化を邪魔したかったのか
Bさんにも、利用者を大切にしたいという思いがありました。
しかしBさんは、以前、利用者の転倒事故に対応した経験があります。事故報告を書き、家族へ説明し、「なぜ防げなかったのか」と問われました。
今も、食事介助を待っている利用者がいます。夜勤者へ仕事を残せば、少ない人数で対応する職員の負担が増えます。
Bさんにとって「今までどおり」は、単なる怠慢ではありませんでした。
限られた人員と時間のなかで、事故を起こさず、全体の業務を回すために身につけてきた方法でもあったのです。
新しい実践を受け入れられないのは、職員の意識が低いからでしょうか。
それとも、変化を試しても大丈夫だと思える条件が、職場にないからでしょうか。
一人の正しさでは、チームの実践は変わらない
研修を受けたAさんだけが正しく、これまでの方法を続けるBさんが間違っている。
そのような構図をつくっても、チームは変わりません。
新しい実践を共通の方法へ変えるには、研修内容を伝えるだけでなく、現場で何が変わるのかを一緒に考える必要があります。
利用者にとってどのような意味があるのか。職員の時間や負担はどう変わるのか。どのような危険があり、どのように備えるのか。うまくいかなかったとき、誰が責任を負うのか。
こうしたことを話し合わないままでは、正しい知識も個人の努力で終わります。
まずは、小さく試してみる
Aさんの職場では、申し送りの最後に5分だけ、ケアを振り返る時間をつくりました。
すべての利用者への対応を一度に変えるのではありません。
「今日は一度だけ、立ち上がった理由を聞いてみる」
それをチームで決めました。
- 利用者が何を望んでいたのか
- 支援後にどのような変化があったか
- 職員の時間や負担はどう変わったか
- 危険や困ったことはなかったか
- 次に試すなら、何を調整するか
管理者も、「試してうまくいかなかったことを、個人の責任にはしない」と伝えました。
ある利用者は、トイレへ行きたくて立ち上がっていました。
別の利用者は、長時間同じ椅子に座っていたため、腰が痛くなっていました。座る場所や姿勢を調整すると、立ち上がりの回数が減りました。
利用者の行動を止めるよりも、その背景を確かめた方が、結果として職員の対応が少なくなる場面もありました。
Aさんだけの実践ではなくなった
ある日の申し送りで、Bさんが話しました。
「今日、立ち上がった理由を聞いたら、腰が痛かったみたい。椅子を変えたら、落ち着いて過ごせたよ」
Aさんが研修から持ち帰った実践は、Aさんだけのものではなくなっていました。
Bさんも試し、自分の経験として語り始めています。
利用者の行動は、「止めるべき問題」ではなく、本人の状態や希望を知るための情報として、チームの中で共有されるようになりました。
福祉教育ラボの視点
研修の成果は、受講した職員が一人で頑張り続けることではありません。
新しい実践が、利用者の暮らしにどのような変化をもたらしたのか。そして、その実践をチームで試し、振り返り、共通の方法へ変えられたか。
そこまでつながって、初めて研修は現場の力になります。
変わろうとした職員が元の行動へ戻ったとき、本人の意欲不足だけを理由にしてはいけません。
新しい方法を試したとき、周囲は何を感じたのか。業務や責任はどう変わったのか。困ったときに相談できる場はあったのか。管理者は、試すことを支えたのか。
一人の学びをチームの実践へ変えるには、異なる方法を試しても排除されず、失敗から一緒に学べる関係が必要です。
変わろうとした人を元に戻す職場から、
変わろうとする人を支えられる職場へ。


