ソーシャルワークのEBPとは|エビデンス・専門知・本人の価値をどう統合するか
SOCIAL WORK & EVIDENCE-BASED PRACTICE
「研究で効果が確認されているのだから、この支援を選ぶべきだ」。 一見すると、とても合理的な判断に見えます。
しかし実際のソーシャルワークでは、研究、本人の希望、専門職の判断、 制度や地域資源が同じ方向を向くとは限りません。 本稿ではEBPを「研究に従う方法」ではなく、 複数の根拠を本人との意思決定へ統合する方法として考えます。
はじめに|研究ではA、CさんはBを希望している
架空事例:Cさんの支援をどう決めるか
Cさんへの支援について、二つの方法があります。
支援方法Aは週2回の通所を中心とする方法で、 比較的多くの研究から一定の効果が報告されています。 担当するソーシャルワーカーも、専門職としてはAを勧めたいと考えています。
しかしCさんは、 「通うこと自体が負担になる」 「今の生活のリズムを崩したくない」 と話し、訪問を中心とした方法Bを希望しています。
Bにも一定の知見はありますが、Aほど研究は蓄積されていません。 さらに地域で利用できる訪問サービスには限りがあり、 Bを実現するには事業所との調整も必要です。
Aの方が比較的よく支持されている。
Bの方が、自分の生活や価値に合っている。
では、「研究ではAの方がよいのだからAにする」のがEBPなのでしょうか。 反対に、「本人がBを希望しているからBにする」ことが本人主体なのでしょうか。
EBPが必要になるのは、むしろこうした 複数の根拠や価値が簡単には一致しない場面です。
EBPは「研究に従う実践」ではない
まず、ソーシャルワークにおけるEBPが何を意味するのかを整理します。
ソーシャルワークにおけるEBPとは
EBPは Evidence-Based Practice、日本語では一般に「エビデンスに基づく実践」と訳されます。 この言葉だけを見ると、 「科学的研究で効果が確認された方法を使うこと」 と理解されるかもしれません。
しかし、ソーシャルワーク領域で論じられてきたEBPは、それより広い意思決定の考え方です。
McNeill(2006)は、EBPについて、 体系的な研究から得られる最良の利用可能なエビデンスだけでなく、 専門職の専門性や価値、本人の価値や期待を統合し、 組織の使命、法制度、環境条件も考慮する実践として整理しています。
さらに、そのすべての過程において clinical judgment――専門職判断――が中心的な役割を持つと論じています。 DOIから原著を確認する
Drisko(2017)は、本人との active collaboration、 つまり本人が意思決定へ積極的に参加することを、 EBPに不可欠でありながら、十分に強調されてこなかった部分 として論じています。 DOIから原著を確認する
EBPで統合する主な情報
※4要素を常に同じ比率で扱うという意味ではありません。 問いによって必要な情報と重みは異なります。
EBPの背景|医学領域のEBMから
EBPの考え方は、医学領域で発展したEvidence-Based Medicine(EBM)の影響を受けています。 Sackettら(1996)は、現代EBMを代表的に定式化し、 最良の外部エビデンスと個々の臨床専門性を統合して個々の患者のケアを判断するものと説明しました。
その後、EBM/EBPの実践過程は、 Ask・Acquire・Appraise・Apply・Assessという「5つのA」などの形で広く整理されてきました。 本稿では、ソーシャルワーク教育研究で用いられている5段階を後半で紹介します。
「エビデンスのある支援」とEBPは同じではない
この二つは、しばしば混同されてきました。
DriskoとFriedman(2019)は、Social Work AbstractsからEBPに関連する200文献を検討し、 EBPと empirically supported treatments (EST:実証的に支持された治療・介入)を混同する文献が、 正しく区別する文献より多かったことを報告しています。 DOIから原著を確認する
「エビデンスのある支援を選んだ」だけでは、
まだEBPとは限りません。
「この支援プログラムは複数の研究で効果が確認されている」というのは、 その介入についての研究エビデンスの話です。
しかし、「だからCさんにもその方法を使う」と判断するには、 研究対象となった人との違い、期待できる利益、負担や不利益、 Cさん自身の希望、継続可能性、利用できる他の選択肢などを検討する必要があります。
研究知を本人の状況・価値、専門職判断、現実条件と統合するところまで含めてEBPです。
研究エビデンスと本人の価値を、どう一緒に扱うのか
本人の希望を「研究上の正解から外れる例外」と考えないための整理です。
本人の価値・選好は「科学的な正解からの例外」ではない
EBPを、 「科学的にはAが正しい。しかし本人が嫌がるので、仕方なくBにする」 と理解すると、本人の希望は「本来の正解から外れる事情」のように扱われます。
しかし、本人の価値や選好はEBPの外側にある例外ではなく、 意思決定に必要な情報そのものです。 CさんがAを希望しないなら、その理由を理解する必要があります。 通所による身体的負担なのか、知らない人が多い場所への不安なのか、 生活時間との不一致なのか、過去の経験なのか。 あるいは「自宅でこれまでの暮らしを続けたい」という価値を大切にしているのかもしれません。
こうしたことを理解しなければ、 「研究でAに効果があった」という情報をCさんへどのように適用すべきかも判断できません。
一方、「本人がBを希望したので、それ以上は検討しない」という意味でもありません。 専門職には、研究からAについて分かっている利益と不利益を本人へ伝える責任があります。 Bについて研究が少ないなら、 「こちらについては、現在ここまでしか分かっていません」と不確実性も共有します。
本人主体であることと、専門職が持っている重要な情報を黙っておくことは違います。
「最良のエビデンス」は、いつもRCTなのか
EBPでは best available evidence、 つまり「利用可能な最良のエビデンス」という表現が使われます。
研究の質は重要です。 しかし同時に、「何を知りたいのか」によって、適した研究方法は変わります。
たとえば「ある介入は平均的にどの程度効果があるのか」を知りたい場合には、 比較研究やシステマティックレビューが重要な情報になります。 一方、「なぜこの人はこのサービスを利用したくないのか」 「本人にとってこの支援はどのような意味を持つのか」を理解するには、 質的研究や本人自身の経験についての情報が重要になることがあります。
これは「RCTと質的研究はすべて同じ価値」という意味ではありません。 問いに対して、その研究デザインが何を明らかにできるのかを考えることが重要です。
「研究で効果があった」ことと、 「その研究をCさんへ適用することが適切である」ことの間には、 もう一段の吟味があります。
EBPとEIPは、どちらが正しいのか
ソーシャルワークでは、Evidence-Based Practice(EBP)だけでなく、 Evidence-Informed Practice(EIP)という言葉も使われます。
NevoとSlonim-Nevo(2011)は、厳格なEBPモデルの限界を批判し、 実証研究だけでなく、理論、事例、実践知、 本人と専門職との対話や創造的判断も広く用いるEIPを提唱しました。 DOIから原著を確認する
DoddとSavage(2016)も、 研究エビデンス、本人のニーズ・価値・選好、実践者の知恵、理論を、 本人・組織・地域文化という文脈の中で統合するものとしてEIPを整理しています。 DOIから確認する
ただし、「EBPは古く、現在はEIPが正しい」という単純な関係ではありません。
McNeill(2006)のソーシャルワークEBPモデル自体が、 研究エビデンスだけでなく、本人の価値や期待、専門職の専門性や価値、 組織・法・環境条件の統合を含んでいます。
またSpensbergerら(2020)が整理したEBPプロセスでも、 研究を批判的に吟味したうえで、 本人固有の状況・価値・選好と専門職の専門性を統合し、 本人とともに意思決定する過程が含まれています。
したがって本稿では、EBPとEIPの勝ち負けを決めません。 両者の議論から重要なのは、 「研究知だけで支援を決めない」 という点です。
研究と本人の希望が食い違ったら、どう決めるのか
EBPを「優先順位のルール」ではなく、判断材料を整理する方法として考えます。
Cさんについて、情報を分けて考えてみる
Cさんの場合、研究ではAの方が比較的よく支持されています。 専門職もAを勧めています。 しかしCさんはBを希望しています。
EBPには、 「研究と本人の希望が食い違ったら研究を優先する」 という普遍的なルールはありません。 一方、「本人が希望したものを常に選べばよい」というルールでもありません。
そこで、Aについて研究では何が分かっているのか、 期待できる利益や負担は何か、研究対象者とCさんはどの程度似ているのかを確認します。 同時に、CさんがAを望まない理由、Bについて分かっていることとまだ分からないこと、 専門職がAを勧める理由、Bを実現するための資源や制約も整理します。
それらを本人と共有したうえで、意思決定します。
「最も強い研究結果」と、
「目の前の本人にとって、その時点で最も妥当な支援判断」は、
必ずしも同義ではありません。
だからこそ、 「研究ではAが支持されているのに、なぜ今回はBを選ぶのか」 あるいは、 「本人はBを希望しているが、なぜ専門職としてAを強く勧めるのか」 を説明できる必要があります。
EBPは、判断しなくても済む仕組みではありません。 判断の根拠をより明確にする仕組みです。
EBPの「5つのA」で考える
EBPの5つのA
医学・医療領域のEBM/EBPから発展し、現在広く用いられている実践プロセスです。 本稿ではSpensbergerら(2020)がソーシャルワーク教育研究で整理した流れに沿っています。
| EBPの過程 | 福祉現場で考えること |
|---|---|
| Ask | 私たちは、何について知る必要があるのか。 |
| Acquire | 研究では、何が分かっているのか。 |
| Appraise | その研究は信頼でき、本人へどこまで当てはめられるのか。 |
| Apply | 本人の価値・選好、専門職判断、環境条件とどう統合して決めるのか。 |
| Assess | 実際に行ってみて、本人にとってどうだったのか。 |
最後のAssessは特に重要です。 EBPは「研究を調べて正しい支援を選べば終了」というモデルではありません。
実施した支援について、期待した効果があったのか、 本人はどう感じているのか、予想していなかった不利益はなかったかを確認します。 つまり、選んだ支援そのものを再びアセスメントします。
EBPを現実の福祉現場でどう実装するのか
研究を知っているだけではEBPは実現しません。現場への適合と組織条件を考えます。
研究どおりに行うことと、本人に合わせること
研究で評価された介入を実践するとき、 「研究と同じ方法を守るべきか」 「本人や地域に合わせて変更すべきか」 という問題が生じます。
研究で効果が検討された介入の重要な要素を、どこまで維持するか。
本人、文化、地域、組織などへ適合させるため、どこを調整するか。
Strehlenertら(2024)は、 ソーシャルワーク領域のevidence-based interventionsに関する236論文をレビューしました。
144論文では介入内容の変更があり、 124論文では実施前にadaptationが行われ、 130論文では変更が計画的・予防的に行われていました。
変更理由としては、対象となる人々への適合を高めることや、 支援へ届きやすくしたり参加しやすくしたりすることなどが報告されています。 DOIから原著を確認する
このレビューは北米研究の比重が大きく、親支援プログラムも多く含まれています。 日本の福祉実践全般へ、そのまま一般化することはできません。
重要なのは、 「EBPなら一字一句マニュアルを変えてはいけない」 とも、 「本人に合わせるなら自由に変更してよい」 とも言えないことです。
何を維持し、何を調整できるのか。 ここにも専門職判断が必要です。
最大の障壁として繰り返し報告される「時間不足」
EBPが現場で十分に使われない理由として、 2026年のレビューで最も一貫して報告されていた障壁の一つが 時間不足でした。
Similäら(2026)は、2013年以降のソーシャルワーカーのEBPに対する認識や経験を扱った 54研究をスコーピングレビューしました。 社会福祉専門職のEBPへの態度は概して肯定的でしたが、 EBPの概念理解には曖昧さが残り、関連概念との混同もみられました。 研究エビデンスの実際の利用も限定的で、 「研究が現場ニーズに十分対応していない」と感じる専門職もいました。
一方、職員のスキルやリーダーシップは、 EBPを促進する条件として報告されています。 DOIから原著を確認する
このレビューは「EBPを行えば支援効果が高まる」と検証した研究ではありません。 ソーシャルワーカーがEBPをどう認識し、 どのような障壁・促進要因を経験しているかを整理したスコーピングレビューです。
「エビデンスを使いなさい」と言うだけでは、EBPは実装できない
研究を探すには時間が必要です。 論文へアクセスできる環境も必要です。 研究方法を理解し、批判的に読む力、本人へ情報を説明して選択肢を検討する時間、 支援後に結果を振り返る仕組みも必要になります。
組織が「エビデンスに基づいて支援してください」と求めながら、 論文検索の時間も、有料論文へのアクセスも、研修も、相談できる環境もないのであれば、 EBPの実践を個々の職員だけに求めることには限界があります。
EBPを行える専門職を育てるだけでなく、
EBPを行える組織環境をつくることも必要です。
EBPは専門職の裁量をなくすのか
EBPには、 「研究で正しい方法が決まれば、専門職の経験や判断はいらなくなるのではないか」 という懸念もあります。
しかしMcNeill(2006)は、EBPのすべての側面で clinical judgment――専門職判断――が中心的役割を持つと論じています。
研究で「平均するとAの効果が高かった」と分かっても、 その研究がCさんへ当てはまるか、 何をどう説明するのか、本人がAを望まない理由をどう理解するのか、 地域で実現可能な選択肢は何か、実施後の結果をどう評価するのかは、 専門職が判断する必要があります。
一方、「私は長年経験しているから、この研究は関係ない」と、 経験だけで研究知を退けることもEBPではありません。
専門職の裁量とは、 好きに決めるための権限ではなく、 異なる根拠を比較し、不確実性を含めて判断し、 なぜその選択をしたのかを説明し、 結果に応じて判断を修正する責任として考えることができます。
実践への含意|EBPを考える7つの問い
以下は確立された「EBPの7原則」ではありません。 本稿で扱った研究を、福祉実践で振り返りやすくするために整理した問いです。
| 省察の問い | 見ようとしているもの |
|---|---|
| いま、何について決めようとしているのか | 実践上の問い |
| 研究では何が分かり、何がまだ分からないのか | 研究知と不確実性 |
| その研究は、目の前の本人と状況にどこまで当てはまるのか | 適用可能性 |
| 本人は何を大切にし、何を避けたいのか | 価値・選好 |
| 専門職として何を知り、何を推測しているのか | 専門知とその限界 |
| 制度・人員・時間・地域資源など、現実の条件は何か | 文脈・制約 |
| 選んだ支援は、実際に本人にとってどうだったのか | 評価と更新 |
特に大切なのは、 「研究では何が分かっているか」だけでなく、 「何がまだ分かっていないのか」 も確認することです。
研究がないこと、不確実であることも、 意思決定に必要な情報です。
福祉教育ラボの視点|エビデンスは「命令」でも「飾り」でもない
Cさんについて、研究でAが支持されていること、 CさんがBを望んでいること、 専門職がAを勧める理由、 利用できる資源に制約があること。
そのすべてが、意思決定の根拠です。
エビデンスは、本人を説得するための武器ではありません。
同時に、「本人主体」という言葉は、 研究から分かっていることを本人へ伝えない理由にもなりません。
研究が知っていること。本人が知っていること。 専門職が知っていること。現場や制度から分かること。 そして、まだ誰にも分からないこと。
EBPとは、それらの中から機械的に一つの「正解」を選ぶことではなく、 その時点でより妥当だと考えられる選択を本人とともにつくり、 その結果からもう一度学ぶ実践です。
根拠を持って決め、結果を確かめ、必要なら変える。
そこに、ソーシャルワークにおけるEBPの意味があるのではないでしょうか。
主要な研究・資料
- EBMの背景 Sackett, D. L., Rosenberg, W. M. C., Gray, J. A. M., Haynes, R. B., & Richardson, W. S. (1996). Evidence based medicine: what it is and what it isn't. BMJ, 312, 71–72. DOI: 10.1136/bmj.312.7023.71. DOI
- Social Work EBP McNeill, T. (2006). Evidence-Based Practice in an Age of Relativism: Toward a Model for Practice. Social Work, 51(2), 147–156. DOI: 10.1093/sw/51.2.147. DOI
- 共同意思決定 Drisko, J. (2017). Active Collaboration with Clients: An Underemphasized but Vital Part of Evidence-Based Practice. Social Work, 62(2), 114–121. DOI: 10.1093/sw/swx003. DOI
- 概念整理 Drisko, J. W., & Friedman, A. (2019). Let’s Clearly Distinguish Evidence-based Practice and Empirically Supported Treatments. Smith College Studies in Social Work, 89(3–4), 264–281. DOI: 10.1080/00377317.2019.1706316. DOI
- EIP Nevo, I., & Slonim-Nevo, V. (2011). The Myth of Evidence-Based Practice: Towards Evidence-Informed Practice. The British Journal of Social Work, 41(6), 1176–1197. DOI: 10.1093/bjsw/bcq149. DOI
- EIP Dodd, S. J., & Savage, A. (2016). Evidence-Informed Social Work Practice. Encyclopedia of Social Work. DOI: 10.1093/acrefore/9780199975839.013.915. DOI
- Systematic review Spensberger, F., Kollar, I., Gambrill, E., Ghanem, C., & Pankofer, S. (2020). How to Teach Evidence-Based Practice in Social Work: A Systematic Review. Research on Social Work Practice, 30(1), 19–39. DOI: 10.1177/1049731519852150. DOI
- 実装研究 Strehlenert, H., Hedberg Rundgren, E., Sjunnestrand, M., & Hasson, H. (2024). Fidelity to and Adaptation of Evidence-based Interventions in the Social Work Literature: A Scoping Review. The British Journal of Social Work, 54(3), 1356–1376. DOI: 10.1093/bjsw/bcad170. DOI
- 2026 Review Similä, K., Tapola-Haapala, M., Jylhä, V., Miettinen, A., Rovamo, E., Kekoni, T., & Ristolainen, H. (2026). Practitioners’ Views of Evidence-Based Practice in Social Work: A Scoping Review. Journal of Evidence-Based Social Work. Online ahead of print. DOI: 10.1080/26408066.2026.2616709. DOI


