糸賀一雄は何を伝えようとしたのか|「この子らを世の光に」と発達保障の思想
障害が重く、目に見える能力の変化がほとんどない人について、私たちは「発達」や「自己実現」をどのように考えるのでしょうか。本人が穏やかに過ごしたいと願うとき、支援する側が「もっとできるように」と求め続けてよいのでしょうか。
糸賀一雄(1914~1968)の「この子らを世の光に」という言葉を、美しい標語だけで終わらせたくありません。問われるのは、能力を示した人だけに価値を認める社会なのか、それとも、一人ひとりの存在と発達する権利を出発点に社会を組み立てるのか、ということだと考えます。歴史的事実と本記事の解釈を区別しながら、現代の福祉実践につなぎます。
糸賀一雄と近江学園――戦後の混乱から始まった実践
近江学園は1946年11月に開設され、1948年4月に滋賀県立となりました。戦後の混乱のなか、戦災孤児や障害のある子どもたちの暮らしと育ちを支える取り組みが始まりました。現在の滋賀県立近江学園は、障害のある子どもたちの地域生活の実現を基本方針に掲げ、相互理解と共感、意思決定支援などを重視しています。これは現在の運営方針であり、1946年当時の理念をそのまま示すものではありません。
ここで大切なのは、施設の創設年だけではありません。誰と生活し、どのような関係を結び、日々をどう過ごすのか。子どもの暮らしの具体的な場面から、教育と福祉の意味が問い直されていったことです。
びわこ学園――重い障害のある子どもと向き合う
1963年4月には、糸賀らの実践につながる重症心身障害児施設「第1びわこ学園」が開設され、1966年には第2びわこ学園も開設されました。近江学園とびわこ学園は同じ施設ではありません。後者では、医療的な支えを必要とする子どもたちの生活と療育が、発達保障を考える重要な現場となりました。
後年の実践史研究では、初期の「ヨコへの発達」などの考え方から、重い障害に対応するなかで「いのち」「快」「関係」を保障する視点が展開し、その後、日常生活やQOLを重視する実践へ変化したことが示されています。これは、一人の思想家が完成した答えを与えた歴史ではなく、現場で出会う人々と職員の実践が問いを深めた歴史でもあります。
「この子らを世の光に」は、誰の見方を変える言葉か
糸賀の著書『この子らを世の光に――近江学園二十年の願い』は1965年に刊行されました。書誌情報は国立国会図書館で確認できます。滋賀県の福祉教材も、子どもたちを哀れみの対象としてではなく、一人ひとりが輝く存在として捉え、その権利を保障するという趣旨を紹介しています。
「この子らに世の光を」ではなく「この子らを世の光に」。この違いは、光を与える側と受け取る側という関係を問い直します。社会が一方的に子どもを救済するのではなく、子どもたちの存在と生き方から、社会の側が何を学び、どう変わるのかが問われます。ただし、この一節だけで糸賀の全思想を説明したことにはなりません。著作全体の論旨は原著の実ページを確認しながら精査する必要があります。
発達保障――能力を競わせることではない
発達保障は、障害の重さによって人間の発達する権利を切り分けないという考え方です。糸賀自身は1960年代に「横軸の発達」を論じました。後年の研究が紹介する糸賀の文章では、他者との能力比較で上下を測る縦軸とは異なり、横軸には、その人の段階において生活や個性が豊かに広がる方向が示されています。糸賀はこれを「横軸への無限の挑戦」とも捉えていました(垂髪あかり、2021年による原文紹介)。ここでいう横軸は、何も変わらなくてもよいという意味に限定できません。
たとえば、本人がわずかに表情を変えた、安心できる相手との関係が生まれた、心地よさや不快さを周囲が理解できるようになった。こうした生活の変化は、点数や訓練の達成だけでは測れません。もちろん、機能の改善や新しい技能の獲得を望む人には、その機会を保障することも大切です。
ここで福祉教育ラボとして明確に主張したいのは、発達を保障することと、発達を強制することは違う、という点です。これは糸賀の「挑戦」を否定するものではなく、挑戦の機会を支えることを、本人に成果や努力を義務づけることと区別する編集上の解釈です。変化が小さくても、変化が見えなくても、その人の存在価値は減りません。支援者が成長を期待すること自体が悪いのではなく、その期待を本人の価値を判定する物差しにしてしまうことが問題なのです。

QOLと自己実現は、糸賀の思想とどう響き合うか
QOL(生活の質)は、本人が自分の暮らしをどう経験しているかを含む多面的な概念です。自己実現は、人が何を大切にし、どう生きたいかという問いと関わります。しかし、QOLと発達保障は同じ概念ではありません。QOLは生活の質を捉える枠組み、発達保障はとりわけ発達への権利とその条件を問う思想として区別できます。
マズローが1943年に発表した欲求理論も、人間の動機づけを考える手がかりになります。ただし、五段階の図を、下位の欲求を完全に満たした人だけが自己実現へ進める厳格な階段として扱うのは適切ではありません。マズローと糸賀が直接論争したという史実は確認していません。ここでの比較は、現代の読者が人間理解を深めるための編集上の対話です。
人が挑戦し、能力を伸ばし、何かを成し遂げることには意味があります。一方、何もしない一日、誰かと笑う時間、気持ちが揺れた日、支えを受けて過ごす時間も生活です。すべての人が同じ「成長」の形を示さなければならないのでしょうか。
福祉現場で、何を見直すのか
架空の事例を考えます。重い障害のあるCさんは、日中活動の場で声かけに大きな反応を示しません。職員の一人は「参加できていない」と記録します。しかし別の職員は、特定の音楽が流れたときの視線や呼吸の変化に気づきます。チームはその反応をすぐに「好き」と決めつけず、家族や本人を知る人の情報も得ながら、環境や関わり方を変え、継続して確かめることにしました。
重要なのは「反応を引き出した職員が優秀」という話ではありません。本人の経験を知ろうとし、言葉にならない意思や快・不快を慎重に確かめ、選べる条件を広げることです。本人の意思を推測だけで決めつけないことも同じくらい大切です。
高齢者介護でも、障害児支援でも、本人の状態や希望は一様ではありません。発達保障の思想を「誰もが訓練し続けるべきだ」という義務に読み替えてはいけません。必要な支援を受けて休む自由、挑戦する自由、途中で考え直す自由を、具体的な生活の中でどう支えるかが問われます。
結論――人を変える前に、社会の見方を問い直す
糸賀一雄の思想を現代に引き継ぐなら、私はこう主張したいと思います。人の価値を、できることの多さ、目に見える成長、他者への有用性によって決めてはならない。発達への権利を保障するとは、本人が生き、関係を結び、可能性を試し、あるいは休みながら生活するための条件を、社会の側が整え続けることではないでしょうか。
これは糸賀の著作からの逐語引用ではなく、歴史資料と実践研究を踏まえた福祉教育ラボの編集上の見解です。支援資源の配分や専門的な目標設定をどう考えるかという異論も避けず、それでも人間の存在価値を支援の成果で測らないという立場を明確にしたいのです。
参考資料
- 滋賀県立近江学園「近江学園の概要と歴史」 資料を見る
- 滋賀県「ともに生きる地域ってなんだろう?」 資料を見る
- 国立国会図書館:糸賀一雄『この子らを世の光に―近江学園二十年の願い』(柏樹社、1965年)書誌 資料を見る
- NHK出版『復刊 この子らを世の光に』 資料を見る
- 垂髪あかり(2016)「第一びわこ学園における発達保障の思想と実践」神戸大学学術成果リポジトリ 資料を見る
- 鄭修娟・渡部昭男(2025)「糸賀一雄の発達保障の思想と実践」神戸大学学術成果リポジトリ 資料を見る
- 垂髪あかり(2021)「横(横軸)の発達」と「重症児の生産性」 資料を見る
- A. H. Maslow(1943)“A Theory of Human Motivation” Psychological Review, 50(4), 370–396.
- WHO「WHOQOL - Measuring Quality of Life」 資料を見る
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注:本記事は、糸賀の著作の書誌、公的機関の紹介、研究者による原文紹介をもとにしています。1965年の原著全文との逐語照合は行っていません。「発達の保障と強制の区別」は、福祉教育ラボの見解です。

