「自分で選ぶ」には何が必要か|自己決定と機会格差を考える

福祉教育ラボ|学びの整理/2026年10月18日確認
この記事の中心となる問い「あなたが選んでください」と伝える前に、私たちは本人が選べる条件を整えただろうか。
知る機会に出会う情報・経験・選択肢への入口があるか
選ぶ意思を伝える「いいえ」や選び直しも尊重されるか
実現する暮らしに届く資源・移動・人の関係が整っているか

最初に結論|「本人が決める」だけで、自己決定は実現するのか

「本人が決めたことです」。介護・福祉の現場では、その一言で支援の方針が説明されることがあります。もちろん、本人に代わって支援者が結論を決めるべきではありません。しかし、本人が選ぶために必要な情報や機会がなかったとしたら、その決定をどのように受け止めればよいのでしょうか。

例えば「地域の図書館に行きたい」と希望する人がいても、交通手段がない、施設の予定が合わない、付き添いを相談できないといった条件が重なれば、外出は簡単ではありません。「行くか、行かないか」を本人に尋ねるだけでは、選択の前提が整っていないことがあります。これは理解を助けるための架空の例です。

この記事では、自己決定を「本人が一人で答えを出すこと」ではなく、「本人の意思や選好に基づき、実際に選び、試し、必要なら選び直せる条件を整えること」として考えます。厚生労働省の意思決定支援ガイドライン、障害者権利条約、ケイパビリティ・アプローチを手がかりに、支援者が見落としやすい「機会の格差」を整理します。

1.自己決定は「一人で決めること」と同じではない

自分で決めることは、誰の助けも借りずに決めることとは違います。情報を分かりやすく説明してもらうこと、信頼できる人に相談すること、実際の場面を体験してみること、言葉以外の方法で思いを伝えること。こうした支援を受けながらでも、意思決定の主体は本人です。

2026年9月に公表された厚生労働省「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(第2版)」は、本人の意思、選好、価値観を大切にし、支援者が環境調整を通じて意思決定の過程を支える立場を示しています。改訂後の第2版が存在する現在、2017年版だけを最新の説明として扱わないことが重要です。

ここでいう自己決定は、本人の発言を一度聞いて同意欄に印を付ければ完了するものではありません。どんな説明を受け、どんな選択肢を知り、どのように気持ちを確かめ、選んだ後の生活がどう変化するかまで考える必要があります。本人が「今日は決めたくない」と伝えることも、尊重すべき意思表明の一つとして受け止められます。

2.「選択肢がある」と「実際に選べる」は違う

メニューに三つの選択肢が書かれていても、本人がそれらの内容を理解できない、試せない、費用を負担できない場合、「三つから自由に選べる」と単純には言えません。形の上では選択肢が示されていても、利用できる選択肢は限られている可能性があります。

一方で、選択肢の数をただ増やせばよいわけでもありません。説明が複雑になりすぎたり、周囲から特定の選択を期待されていたりすれば、本人が考えることをかえって難しくする場合があります。数よりも「本人にとって意味があり、実際にアクセスできる選択肢か」が問われます。

選ぶ前にある障壁と、選んだ後の実現を妨げる障壁を分けてみると、支援の役割が見えてきます。本人に選択を求める前に、支援者と組織はどの条件を整えられるのか。その問いが、機会格差を考える出発点です。

3.機会格差はどこで生まれるのか|六つの条件

機会格差という言葉は、所得の差だけを意味するものではありません。同じサービスが地域に存在していても、情報への到達、移動、費用、時間、意思の伝えやすさ、実際に試せるかどうかによって、利用できる可能性は異なります。以下の六つは、福祉教育ラボが実践を整理するために設けた観点であり、厚生労働省の公式な六項目分類ではありません。

条件問い支援の例
知る使える制度・活動・サービスが本人に届いているか案内文だけでなく写真、実物、見学や対話で知る
理解する本人が比較に必要な情報へアクセスできるかやさしい説明、通訳、支援機器、十分な時間
試す経験がないことを試せるか、断れるか短時間の見学、体験、参加後の感想確認
届く移動・費用・時間・人手の障壁がないか交通手段、費用制度、同行の調整
安心して伝える周囲の期待に遠慮せず希望や拒否を言えるか「いいえ」も言える関係、本人のペース
実現して見直す選んだことを行動に移し、途中で変えられるか実行支援、状況確認、再選択の機会

4.2026年改訂ガイドラインが重視する「体験」と「拒否」

厚生労働省の障害福祉分野の第2版ガイドラインには、本人の話を遮らず聞くこと、選択肢を丁寧に説明すること、知らないことを体験できるようにすること、そして「いやです」「ちがいます」と伝えやすくすることなどが、本人の側からの願いとして整理されています。これらは「意思を確認する」前の支援を問い直す視点になります。

本人が一度も経験したことのない活動に対して「やりたくない」と答えたとき、ただちに興味がないと判断できるとは限りません。活動内容を知らなかったのかもしれず、説明方法や周囲の雰囲気が合わなかったのかもしれません。体験を提案し、本人がどう感じたかを丁寧に確かめる余地があります。

ただし、体験の機会を用意することと、体験を強いることは別です。「経験してみれば好きになるはず」と支援者が決めつければ、本人の拒否を軽く扱うことになります。体験するかどうか、途中でやめるかどうかも含めて、本人の意思や選好を尊重しなければなりません。

2025年3月改訂の「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(第2版)」も、意思形成・意思表明・意思実現に加え、人的・物的環境の整備や社会参加機会を重視しています。障害福祉分野と認知症分野のガイドラインは対象や制度上の位置付けが異なりますが、本人が選べる条件を整えるという点で照らし合わせることができます。

5.ケイパビリティ・アプローチ|結果だけで自由を測らない

経済学者・哲学者アマルティア・センの研究に由来するケイパビリティ・アプローチは、人が「何をしたか」という結果だけではなく、「自分が価値を置く生き方を、実際に選べる機会があるか」に目を向けます。この分野の研究者イングリッド・ロベインスは、ケイパビリティを、本人にとって価値あるあり方や行いを実現する実質的な機会として説明しています。

例えば、地域の集まりに参加していない二人がいたとします。一人は参加できる交通手段や支援を知ったうえで、今日は家で過ごすことを選びました。もう一人は参加したいのに、移動手段がなく断念しました。「参加していない」という結果は同じでも、利用できた機会は同じではありません。

ここで区別したいのが、実際に達成した状態や行為である「ファンクショニング」と、それを実現できる実質的な機会である「ケイパビリティ」です。これはケイパビリティ・アプローチの教育的な説明であり、「すべての人が同じ結果を出すべきだ」という意味ではありません。

また、このアプローチだけで個々の支援計画の正解が自動的に決まるわけではありません。本人が何を大切にしているのか、どの機会が利用可能か、誰が何を整えられるかを、具体的な生活に即して考えるための視座として用います。

6.意思形成・意思表明・意思実現は切り離せない

意思決定支援の過程は、本人が考えるための「意思形成支援」、自分の思いを伝えるための「意思表明支援」、選んだことを生活に反映するための「意思実現支援」として整理できます。これらは常に一方向に進む手順ではなく、体験して考えが変われば、もう一度形成や表明の段階に戻ることがあります。

意思形成支援では、何を選べるか、何が起こり得るか、本人が理解できる方法で説明し、必要なら見学や試行の機会をつくります。支援者が望む答えに誘導するのではなく、本人の価値観に照らして考えられる条件を整えます。

意思表明支援では、言葉で答えることを唯一の方法にしません。表情、視線、行動、筆談、ICT、意思疎通支援など、本人に合う方法を考えます。周囲に反対されることを心配せず「違う」「やめたい」と伝えられる関係も大切です。

意思実現支援では、希望を聞いた後に必要な人、移動手段、制度、費用、環境調整を具体化します。本人の希望が直ちにすべて実現できるとは限りませんが、できない理由だけで結論を閉じず、代替案や段階的な実現方法を本人と検討します。

7.事例|「地域の図書館に行きたい」をどう支えるか

ここからは制度解説のための架空の事例です。ある人が「地域の図書館に行ってみたい」と話しました。身体状況や利用できる交通機関などを考えると、一人で行くことは難しそうです。施設の職員も忙しく、すぐに同行できるとは限りません。

支援者が最初に「外出は難しいので、施設内の本で我慢してください」と伝えた場合、本人には外出を断念する以外の選択肢がほとんど見えません。逆に、リスクや費用を評価しないまま「希望だから一人で行ってください」と任せることも、十分な支援とはいえません。

まず図書館で何をしたいのかを聞きます。本を借りたいのか、人に会いたいのか、街の雰囲気を感じたいのか。本人にとっての意味によって、検討できる方法は変わります。次に、バリアフリー情報や交通経路、同行者、費用、短時間の見学、代替する場所の可能性を確認します。

本人が「まず入口まで行ってみたい」と選んだなら、必要な調整を行い、無理のない範囲で試します。その経験を経て「やはり図書館で読書したい」と思うかもしれませんし、「今は別の場所がいい」と選び直すかもしれません。いずれかの結果を支援者が成功・失敗と一方的に採点するのではなく、本人が何を経験し、次に何を望むかを確認します。

8.「選ばなかった」のか「選べなかった」のか

本人が「希望はありません」と話したとき、その言葉だけで希望が存在しないと結論づけることは慎重であるべきです。過去に希望を伝えても叶わなかった経験が重なれば、そもそも選択肢を考えたり、期待を言葉にしたりすることが難しくなる場合があります。ただし、本人が静かな生活を本当に望んでいる可能性もあります。支援者が「本当は参加したいはず」と決めつけることも避けなければなりません。

だからこそ、意思がないとみなすことと、本人が積極的に選ばないことを尊重することを分けます。本人の希望をくり返し尋ねるだけではなく、情報や環境を調整し、必要なら時期を改めて確認する。回答を急がせないことも支援です。

障害者権利条約第12条は、法的能力の行使に必要な支援へのアクセスと、本人の権利・意思・選好の尊重を定めています。第19条は、どこで誰と暮らすかを選ぶ機会と、それを支える地域サービスへのアクセスを扱っています。条約本文がすべての生活上の選択を無条件で実現させると約束しているわけではありませんが、支援や環境を欠いた選択を「自己責任」の一語で片づけないための重要な視点を与えます。

9.「本人の責任」をどう考えるか|決定を尊重し、条件も見る

自分で選ぶことには、結果を引き受けたり、後から判断を見直したりする側面があります。その意味で、自己決定と責任は無関係ではありません。しかし、交通手段も情報も得られなかった人に対して「あなたが選ばなかった結果です」と言うなら、支援や社会環境が狭めた機会が見えなくなります。

責任を考える際には、本人がどんな情報を得ていたか、本人にとって現実的に選択可能な道筋があったか、支援者や制度が提供できた条件は何だったかを確認する必要があります。結果の違いをすべて不公平と決めるのではなく、出発点の条件と選択の過程を吟味するということです。

また、自己決定を尊重することは、危険を評価しないことでもありません。重大なリスクや他者の権利への影響があれば、専門職は説明、代替策の検討、安全確保などの責任を負います。本人の意思を尊重することと、専門職の判断を放棄することは同じではありません。

10.機会を示すことと、体験を強いることは違う

知らなかった活動や地域資源を紹介することは、本人の選択肢を広げる可能性があります。しかし、支援者が「外出する方が良い」「地域交流に参加すべきだ」と評価して参加を求め続ければ、選択肢の提示が事実上の圧力になることがあります。

機会を示す。本人が関心を持てば試せる条件を整える。試した経験を本人がどう捉えるかは本人に委ねる。そして別の機会へ出会う可能性を閉じない。こうした区別は、福祉教育ラボとして、自己決定と機会格差を考えるうえで大切にしたい整理です。

「何かに参加したか」「支援者の勧めを受け入れたか」だけを成果としないことも重要です。本人が断ること、休むこと、考えを変えること、別の関わり方を選ぶことも、本人の生活を成り立たせる選択です。

11.支援者と組織が振り返りたい七つの問い

以下は厚生労働省の公式チェックリストではありません。ガイドライン、障害者権利条約、ケイパビリティ・アプローチを踏まえ、福祉教育ラボが実践を振り返るために構成した問いです。本人の希望を確認する場面だけでなく、会議、研修、記録の振り返りにも使えます。

  1. 本人は、どのような生活や経験を望んでいると伝えているか。伝え方は本人に合っているか。
  2. 本人に示した選択肢は、本人が理解できる言葉・方法で説明されていたか。
  3. 本人が知らない選択肢を、見学や体験などによって知る機会はあるか。断る自由も守られているか。
  4. 費用、移動、時間、人員、情報、地域の偏りなど、実現を妨げる条件は何か。
  5. 「本人のため」という支援者側の判断が、希望や拒否を言いにくくしていないか。
  6. 選んだことを実現するため、本人以外の誰が、どの環境や制度に働きかけられるか。
  7. 一度の結果だけで評価せず、本人が選び直せる機会と、その経験の意味を確かめる余地はあるか。

12.支援の成果を「希望どおりになったか」だけで測らない

支援の成果を考えるとき、外出できた回数や活動の参加率だけでなく、本人が十分な情報を得られたか、意思を伝えられたか、試した経験があったか、選び直す余地が残っているかを振り返ることができます。これは単一の点数や公式指標ではなく、支援過程を検討するための視点です。

例えば図書館へ行く計画が今回は実現しなかったとしても、交通手段の情報を得られたことや、自分の希望を伝えられたことには意味があるかもしれません。ただし、その経験を「成長した」「幸せになった」と支援者が一方的に意味づけることはできません。本人がどのように受け止めたかを聴き、必要なら次の機会を一緒に検討します。

組織としては、本人の選択を妨げた条件が繰り返されていないかも点検できます。参加率が低い原因を本人の意欲だけに帰さず、勤務体制、利用できる交通、情報の出し方、費用負担の仕組みを見直すことです。制度と現場の条件を考えることも、自己決定を支える仕事に含まれます。

まとめ|選ぶ自由は、生活の中で育まれる

「自分で選ぶ」は、大切な権利であると同時に、情報、経験、支援、資源、そして安心して意思を伝えられる関係によって支えられています。選択の機会があることと、現実にその機会へ届くことには違いがあります。その違いを見ようとすることが、自己決定と機会格差を結びつけて考える意味です。

支援者にできることは、本人に代わって人生の正解を決めることではありません。まだ知らない機会の存在を示し、体験できる条件を整え、選ばない自由や選び直す自由も大切にすること。そして、その人がどんな経験を重ね、どんな意味を見いだすかを、本人の言葉に耳を傾けながら考え続けることです。

誰もが同じ選択をする必要はありません。ただ、選びたいと思ったときに、その可能性が最初から閉ざされていない社会であってほしい。福祉教育ラボでは、制度の知識と日々の暮らしを結びつけながら、これからもともに学び、ともに考えていきたいと思います。

一次資料・主要文献

  1. 厚生労働省「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(第2版)」本文(2026年9月)(現行第2版の本人主体、意思・選好、意思形成・表明・実現、合理的配慮、環境調整)
  2. 厚生労働省「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(第2版)」掲載ページ(第2版本文・事例集・概要の公式掲載と構成)
  3. 厚生労働省「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(第2版)」概要(改訂の趣旨、本人主体、体験・選択肢・拒否、実践への示唆)
  4. 厚生労働省「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン(第2版)」掲載ページ(認知症分野の第2版と支援過程、環境整備、本人の意思尊重)
  5. 国際連合「障害者権利条約第12条(法律の前にひとしく認められる権利)」(法的能力の平等とその行使に必要な支援、本人の意思・選好)
  6. 国際連合「障害者権利条約第19条(自立した生活及び地域社会への包容)」(居住の選択機会、地域の支援サービスへのアクセス)
  7. Robeyns, I. (2017). Wellbeing, Freedom and Social Justice: The Capability Approach Re-Examined. Open Book Publishers.(ケイパビリティと実質的な選択機会、ファンクショニングの区別)
  8. Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Self-determination theory and the facilitation of intrinsic motivation, social development, and well-being. American Psychologist, 55(1), 68–78.(心理学の自己決定理論との区別の確認(用語混同防止、本文の主理論にはしない))
出典の記載と福祉教育ラボの教育的な整理を区別しています。六つの条件と七つの問いは厚生労働省の公式評価指標ではありません。また、心理学の自己決定理論と、権利としての自己決定、ケイパビリティ・アプローチは別々の理論的枠組みです。

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