エド・ロバーツと自立生活運動|「自分でできる」から「自分で決める」への転換

架空の大学の入口で、車いす利用者を含む3人が対等に話し合う概念イラスト。実在のエド・ロバーツ本人やバークレー校を描いたものではありません。
架空の人物と大学を描いた概念イラスト(AI生成)。エド・ロバーツ本人やバークレー校の写真・再現図ではありません。

「自立して生活する」と聞くと、食事も着替えも移動も、自分一人でできる状態を思い浮かべるかもしれません。けれども、人は誰もが他者や社会の仕組みに支えられて暮らしています。では、障害があり、日常生活に介助が必要な人は、自立していないのでしょうか。

「自分でできる」から「自分で決める」への転換という本記事の題名は、運動の公式標語ではなく、福祉教育ラボによる歴史の整理です。この問いを社会に投げかけ、大学の環境や支援の仕組みを変えようとした人々がいました。その一人が、アメリカの障害者権利運動の担い手、エド・ロバーツ(Ed Roberts、1995年没)です。

1962年、バークレー校に入学するまで

ロバーツは少年期にポリオにかかり、重い運動障害と呼吸の支援を必要としました。1962年、カリフォルニア大学バークレー校に入学します。しかし、大学には彼が利用できる通常の学生寮が整っておらず、学生保健施設のコーウェル病院の一室で生活することになりました。大学への入学は実現しても、学生としての生活を送るための環境は十分ではなかったのです。

この出来事を「障害があっても努力で大学に入った偉人の話」だけで終わらせては、重要なことを見落とします。問われたのは、本人が大学に合わせられるかだけではなく、大学が多様な学生の学びと暮らしを保障できるか、ということでした。

学生たちは、個人の問題を社会の問題へ変えた

ロバーツに続いて障害のある学生たちが入学し、コーウェルで生活する仲間が増えました。彼らは「ローリング・クアッズ(Rolling Quads)」と呼ばれるグループを形成し、大学生活の障壁を変えるよう求めました。

1970年には障害学生の生活を支える「身体障害学生プログラム(Physically Disabled Students Program、PDSP)」が始まり、介助者の確保、車いすの修理、移動、相談などを支える仕組みが発展しました。ここで重要なのは、支援を専門家が一方的に決めるのではなく、何が必要かを当事者自身が発言し、仕組みづくりを主導したことです。

1972年には大学の外で暮らす障害者にも支援を広げるため、バークレーに自立生活センター(Center for Independent Living、CIL)が設立されました。これはロバーツ一人の功績ではありません。多くの障害当事者、学生、地域の協力者が関わった運動でした。

「自立」は身体能力の点数ではない

自立生活運動(Independent Living Movement、IL運動)は、医療やリハビリテーションの価値を否定する運動ではありません。ただし、治療や訓練でできることを増やすことを、地域で暮らすための前提条件にしてしまう考え方には異議を唱えました。

自立生活運動が重視してきたのは、障害のある人自身が、自分の生活に関わる選択や決定に参加できることです。介助を受けるかどうか、誰から受けるか、どこで暮らすか、どのように学び働くか。必要な支援を受けながら、本人が望む生活を実現できる社会の仕組みが重要になります。

例えば、食事に介助が必要な人が、食べる時間、献立、誰と食べるかを自分で選び、必要な介助を受けながら食事を楽しむ。その生活を、単に「一人で食べられないから自立していない」と評価してよいのでしょうか。これは実在のロバーツの事例ではなく、考えるための仮想場面です。

「自分で決める」だけでも、まだ足りない

ここからは福祉教育ラボの考察です。本人が「自分で決めた」と言っていても、利用できるサービスが一つしかなければ、選択肢は限られます。建物に段差があり、移動手段がなく、介助者が確保できなければ、希望を表明できても生活は実現しません。

だから自立支援は、本人の意欲や身体能力を評価することだけでも、自己決定という言葉を繰り返すことだけでもありません。選択肢を増やし、情報を届け、必要な支援や環境を整え、本人とともに可能性を探ることを含みます。こうして本人の力が発揮されるよう、関係や環境にも働きかける視点は「エンパワメント」とも結びつきます。本人の力だけでなく、社会の側が変わることも必要なのです。関連する論点は「『自分で選ぶ』には何が必要か」で扱っています。

同時に、他者の支援には時間や資源が必要です。本人の希望を大切にすることは、すべての希望が無条件に実現するという意味ではありません。本人、支援者、家族、地域の関係のなかで、できる方法を探し続ける営みです。

福祉教育ラボの概念整理。自立を、できること、決められること、実現できる環境の3つの連動する視点で考える図。順序や能力の段階、歴史的な原図、ロバーツ本人の言葉を示すものではありません。
福祉教育ラボの概念整理。3つの視点は連動するもので、歴史的な原図ではありません。図を選択すると拡大できます。

介護の現場で考える――昨日の希望と今日の希望は違うかもしれない

たとえば、ある人が昨日は自分で着替えたいと言い、今日は「手伝ってほしい」と話したとします。そこで「昨日はできたのだから今日も頑張りましょう」と一律に促すことが、自立支援とは限りません。疲れ、痛み、気分、今日やりたいこと、支援者との関係によって、その人の選択は揺れます。

だからといって、本人が一言発した希望だけで、すべてが分かったと思うこともできません。言葉にならない思いがあるかもしれず、こちらの理解が違っていることもあります。本人の意思を聴くことは、相手を完全に理解したと宣言することではなく、分からなさを残したまま関わり続けることでもあります。詳しくは「パターナリズムとは?」も参照してください。

これは、WLDで2026年10月22日に講演・研修づくりのために行った対話を踏まえた、福祉教育ラボの考察です。着替えの場面は、その対話でAI側が提示した仮想事例をもとにしています。エド・ロバーツ本人の発言や、実際の講演で検証された事例ではありません。

自立生活運動と介護過程をつなぐもの

介護過程でアセスメントするのは、「本人に何ができないか」だけではありません。本人がどのような生活を望み、何を大切にし、どのような支援や環境があれば実現に近づくかを、本人とともに考えます。

もちろん、身体機能や安全への配慮は必要です。しかし、それらは本人の暮らしを支えるための知識であって、本人の人生の目的を専門職が代わりに決める根拠ではありません。自立生活運動の歴史は、介護職に「誰のために、誰とともに支援を考えているのか」を問い直す視点を与えます。

関連する記事:介護過程はなぜ必要なのか/介護の自立支援とは?

結論――支えを受けることと、自分の人生を生きることは対立しない

ロバーツと仲間たちが示したのは、障害者が社会に適応することだけを求められるのではなく、社会の仕組みそのものを変えられる、ということでした。

人は誰もが、誰かに助けられ、誰かを助けながら暮らします。当事者が権利を求め、社会の仕組みを変えてきた歴史は、獲得した権利を保ち、必要な変化を求め続けることの大切さも教えます。自立を「助けを必要としないこと」とだけ捉えるなら、支え合う社会の現実を見失います。福祉教育ラボは、自立を、必要な支えとともに自分の生活に関わり、選び、他者と生きていくこととして考えたいと思います。

参考資料

  • University of California, Berkeley, The Berkeley Revolution, “A Place for Every Body” 資料を見る
  • UC Berkeley, “Disability Rights Movement Highlights” 資料を見る
  • Center for Independent Living, “Our History” 資料を見る
  • UC Berkeley, “Ed Roberts, disability-rights leader and Cal alum, gets his own state day” 資料を見る

注:本記事の史実は上記資料を基にし、後半の介護実践上の論考は福祉教育ラボの解釈として記述しています。歴史的な出来事を一直線の因果関係として扱うものではありません。