「寄り添う」とは、何をすることなのか|ラポール・共感・専門職としての距離
最初に結論|「寄り添う」は、何でも引き受けることではない
「利用者さんに寄り添ってください」。介護・福祉の現場でよく聞く言葉です。けれども、それは本人の希望をすべて叶えることでしょうか。長い時間そばにいることでしょうか。それとも、相手と同じように苦しくなることでしょうか。温かい言葉である一方、何をすればよいのかが曖昧なまま使われることもあります。
本稿では「寄り添う」を、相手の経験と意思に関心を向け、理解を確かめながら、必要な支援を本人と検討する専門的な関わりとして考えます。相手の人生を引き受けることでも、支援者の考えを押し付けることでもありません。信頼を育てるラポール、理解を深める共感、関係を守る専門職としての境界を区別して考えることが大切です。
今回の主題は、既存の記事で詳しく解説しているロジャーズ理論や介護の声かけを繰り返すことではありません。本人と支援者の関係が近づいた後に、どこまで関わり、何を引き受け、どのように説明してチームへつなぐのか。専門職としての距離と責任に焦点を当てます。
1.「寄り添う」という言葉の曖昧さを考える
「寄り添う」は、相手の立場を尊重する姿勢を表す言葉として使われます。しかし「優しくする」「否定しない」「希望どおりにする」「気持ちを理解する」「困りごとを解決する」が一つの言葉に混ざると、実践を振り返りにくくなります。例えば本人の希望をそのまま実行できなくても、丁寧に説明し、一緒に別の方法を探す関わりはあり得ます。
逆に、「あなたのためを思って」と言いながら本人の話を途中で遮ったり、支援者の望む結論へ誘導したりするなら、声かけが親切でも本人の意思を十分に尊重したとはいえません。態度の印象と、実際にどのような選択や説明が行われたかを分けてみる必要があります。
福祉教育ラボでは、寄り添いを「いつも一緒にいる」ではなく、相手との関係を通して本人が選び、相談し、必要な支援を使える条件を整える営みとして整理します。これは本記事の教育的な提案であり、学術研究や倫理綱領にそのまま掲載された公的な定義ではありません。
2.ラポールは「仲良くなること」なのか
ラポールは援助や教育の場で、安心してやり取りできる信頼関係を表すときに用いられます。ただし「相性がよい」「雑談が弾む」「何でも話してくれる」といった状態だけで、専門的な関係が成立したと判断することはできません。本人が無理に話さなくても、説明を受け、断ることができ、必要なら相談できる関係も大切です。
Bordinが1979年に示したワーキング・アライアンスの枠組みは、目標についての合意、取り組む課題についての合意、両者の間の絆という三つの側面を挙げています。これは心理療法に由来する「作業同盟」の理論であり、ラポールと同一の概念ではありません。ただ、信頼だけでなく「何に向かって、どのように取り組むのか」を本人と確かめる観点を与えてくれます。
例えば面談で安心して話せても、「次に何を相談するのか」「誰が手続きを支えるのか」が共有されていなければ、本人は支援の見通しを持ちにくいかもしれません。親しさそのものを成果にするのではなく、本人の意思と具体的な支援が結びついているかを確認することが必要です。
3.ラポール・共感・専門職の境界は何が違うのか
ラポール、共感的理解、専門的な境界は互いに関係しますが、それぞれ同じ仕事をしているわけではありません。信頼を得ること、本人の経験を理解しようとすること、支援者が果たせる責任を明確にすることを、区別しながら合わせて考えます。
これらを整理するため、下の比較表を置きました。表は福祉教育ラボによる教育的な整理であり、ロジャーズやBordin、倫理綱領が示す公式の比較表ではありません。
三つのうちどれか一つが強ければ十分、というものでもありません。たとえば親しくなった結果、個人の連絡先で相談を引き受け続け、支援者が不在のときに誰にも相談できない関係をつくったなら、温かく見えても持続可能な支援とは限りません。
| 観点 | 主に考えること | 見落としやすいこと |
|---|---|---|
| ラポール | 安心して関われる信頼関係 | 仲の良さだけで支援の質を判断する |
| 共感的理解 | 本人にとっての経験の意味を確かめ続ける | 同情・同意・感情の同一化と混同する |
| 専門職の境界 | 役割・責任・連絡方法・守秘を明確にする | 境界を冷たさと捉える/関係を私物化する |
| 実践としての寄り添い | 理解を本人の選択と支援の継続につなげる | 「聴いた」で終わり組織の条件を変えない |
4.共感は、同じ気持ちになることではない
ロジャーズは1957年の論文で、援助者の共感的理解に加え、その理解と肯定的関心が本人に少なくともある程度伝わることを条件として位置付けました。援助者が心の中で「理解した」と考えることだけでは完結しない、という点が重要です。これは心理療法に関する理論であり、介護や相談援助の効果を直接証明するものではありません。
Barrett-Lennardの1981年の「共感の循環」では、相手に対する内的な共鳴、理解を伝えようとする働きかけ、相手がその働きかけを受け取ることを区別します。援助者が感じたことと、本人に届いたことにはずれが生じ得ます。「つらかったですね」と伝えたとき、本人が「そうではありません」と答えるなら、その反応こそ理解を更新する手がかりになります。
同じ感情に巻き込まれることや、本人の判断に必ず賛成することを共感と同一視しないことも大切です。自分の経験を投影せず、「この方にとって何が起きているのか」と問い、確かめ続ける姿勢が求められます。詳しい理論と実践例は、福祉教育ラボの既存記事「ロジャーズの共感的理解とは」「介護における共感的理解とは」を参照してください。
5.境界(バウンダリー)は、冷たさではなく関係を守る条件
「専門職としての距離」というと、相手に関心を持たず、必要最低限の仕事だけをすることだと誤解されるかもしれません。しかし境界を意識するとは、「私は何を支えられるのか」「誰がどの責任を負うのか」「個人的な関係と職務上の関係をどう分けるのか」を説明できるようにすることです。
日本ソーシャルワーカー連盟の2020年改定「ソーシャルワーカーの倫理綱領」は、専門的援助関係を最も大切にし、それを自己の利益のために利用しないことを定めています。加えて、本人の利益、自己決定、秘密保持、専門職自身の自己管理や組織の倫理的な実践も掲げています。「寄り添う」の名のもとに、専門職の権限や立場を私的な利益のために使うことは許されません。
米国NASWの倫理綱領は、利益相反や危害の危険を伴う二重・多重関係を避け、避けられない場合にも明確で適切な境界を設定する責任を記しています。SNSや個人連絡についての規定もあります。これは米国の職能団体の倫理基準であり、日本で一律に適用される法律や国内施設の連絡ルールと同じものではありませんが、現場の関係を点検するための参考になります。
6.近づきすぎると、何が起こり得るのか
支援者と本人の関係には、情報量、専門知、サービスの利用権限などに差があることがあります。「私だけがこの人を分かっている」と思い始めたとき、本人の相談先が一人の職員へ集中したり、別の支援者への連携が難しくなったりする可能性があります。その人が退職・異動したとき、本人の支援が途切れることも考えられます。
ただし、信頼の深さだけを問題にすべきではありません。特定の職員と話しやすいのは自然なことです。問うべきなのは、その関係が本人の選択肢を増やしているのか、他者とのつながりを閉ざしていないか、本人が違う意見を伝えられるか、職員の個人的な事情に支援が依存していないか、という点です。
本人が安心できる関係を尊重しながら、記録や必要な情報共有、担当者間の相談、本人が選べる連絡経路などを整える。支援者一人の善意に任せるのではなく、本人の権利を継続して守れる仕組みを考えることが重要です。
7.架空事例|「あなたにだけ相談したい。個人の連絡先を教えて」
ここからは教育目的の架空事例です。地域で暮らすAさんは、担当相談員と少しずつ信頼関係を築き、生活の悩みを話せるようになりました。ある日、「夜になると不安です。あなたにだけ相談したいので、個人の電話番号を教えてください」と申し出ました。相談員は、安心して頼ってくれたことを大切に感じています。
もし相談員が「いつでも個人携帯へ電話してください」と約束したなら、すぐに安心する場合もあるでしょう。しかし、緊急時に対応できる保証はなく、勤務と私生活の区別や記録、組織内の連携が曖昧になるおそれがあります。反対に「勤務外だから無理です」とだけ伝えれば、Aさんが夜間に何を心配しているのかを置き去りにするかもしれません。
例えば「夜はどんなときに不安になりますか」と尋ね、本人の希望と安全上の必要性を確認します。そのうえで、相談員が対応できる時間や連絡方法を説明し、組織の相談窓口、必要に応じた夜間の支援先、緊急時の連絡手段などを、実際に利用できる範囲で一緒に整理します。ここに挙げた対応は一般的な検討例であり、各事業所の体制や個々の危険の程度を判断せずに一律適用する手順ではありません。
「話してくれてありがとうございます」と受け止めることと、「私が24時間すべて引き受けます」と約束することは別です。関係を閉じるための境界ではなく、必要な支援へつながり続けるための境界を考えます。
8.「その希望には応じられない」ときにも、寄り添えるか
本人の希望にすぐ応じられない場面はあります。安全上の重大な危険、法令、他者の権利、提供できるサービスの限界などが関わる場合です。このとき「無理だから終わり」としてよいわけでも、「本人が望むのだから何でも実施する」としてよいわけでもありません。
なぜその選択が大切なのかを聞き、何が難しいのかを具体的に説明し、現時点で可能な方法や他の相談先を考えることができます。必要ならアセスメントや関係機関との協議につなげ、本人の意思が検討の過程でどのように扱われたかを記録します。本人が説明に納得しない場合、その異議や不満を表す権利も尊重します。
専門職が引き受けるべきなのは、すべてを実現するという保証ではなく、判断に必要な情報を示し、本人の参加を支え、できない場合にも理由と代替案を検討し続ける説明責任です。「断った」という結果だけで、寄り添ったかどうかを決めることはできません。
9.相手の感情を受け止めることと、背負い込むことは違う
支援者は、本人の怒り、悲しみ、不安、無力感に繰り返し接することがあります。相手の苦しさへ関心を向けることは大切ですが、その感情を自分一人で抱え続け、仕事や生活の判断ができなくなるまで引き受けることが専門性ではありません。
IFSWの2018年「グローバル倫理原則」は、専門職としての立場を私的な利益のために利用しないことに加え、専門職の自分自身へのケアや、職場における倫理的実践を支える条件を重視しています。米国NASWも2021年の倫理綱領改定で、専門職のセルフケアと組織の責任に言及しています。
疲弊を個人の「共感力が足りない」「気持ちを切り替えられない」という性格の問題だけに還元しないことが必要です。相談できる同僚、スーパービジョン、チームでの検討、休息、担当配分など、安心して専門的な判断を続けられる組織条件も整えるべき論点です。
10.「担当者の優しさ」だけに依存しない組織の責任
「もっと利用者に寄り添いなさい」と指示することは簡単です。しかし相談時間が確保されていない、記録が処理件数としてしか評価されない、職員間で方針を共有できない職場では、個人の努力だけに限界があります。本人の話を聞く時間と、聞いたことを支援へつなぐ仕組みの両方が必要です。
日本の倫理綱領は、組織方針や業務命令が倫理的実践を妨げる場合に改善を図る責任を示しています。管理者は、境界を個々の職員が勝手に決めるのではなく、連絡窓口、守秘義務、記録、緊急時対応、担当交代、相談・スーパービジョンを具体的な業務として整えることができます。
関係形成には時間がかかることもあります。本人が話したくない日には無理に話させず、次の機会に相談できる見通しを示す。信頼関係を個人の才能だけにせず、本人の権利を組織として守る。そのような運用も「寄り添う」を実践へ変える方法の一つです。
11.支援の記録に、関係の何を残すのか
「寄り添って対応した」「共感的に傾聴した」という記録だけでは、別の職員が何を引き継ぎ、本人が何を望んだのかを読み取りにくいことがあります。記録に必要なのは「優しくした」という自己評価だけではありません。本人が伝えた言葉、支援者が確認したこと、提示した選択肢、合意できたこと、残った課題を区別することです。
例えば「本人は夜間の不安について担当者へ直接連絡したいと希望した。相談時間と連絡窓口の説明を行い、本人からは『夜に一人になると不安』との発言があった。必要な支援先を本人と再検討する」と記録すれば、関係を個人の記憶に閉じず、次の支援へつなげやすくなります。ここでの記録例も架空のものです。
ただし、何でも共有してよいわけではありません。本人が話した内容のうち、何を誰に伝える必要があるかを吟味し、本人への説明とプライバシー保護を基本に考えます。守秘と必要な連携の両立をめぐって迷う場合は、所属先の手続や適用法令、倫理基準に沿って相談します。
12.ラポールの語源をどう説明するか|「橋を架ける」は比喩
ラポールはフランス語のrapportに由来し、英語でも調和した関係や相互理解を意味する語として使われてきました。語源はフランス語のrapporter(持ち帰る、関係づけるなどの語義を持つ)へさかのぼります。「ラポールはフランス語で橋を架けるという意味」と断定する説明は、語源辞典の記述と一致しません。
ただし「人と人の間に橋を架ける」という表現は、関係づくりをイメージするための比喩としては使えます。授業や研修では、語源の事実と、理解を助ける比喩を区別して伝えることが大切です。
そして橋を架けるとは、相手の領域へ無断で入り込むことではありません。通るか、どこまで話すか、何を選ぶかは本人が決められる。そんな関係のあり方を考えると、ラポールと専門職の境界を対立させずに捉えられます。
13.現場で振り返る七つの問い
以下の七つは、倫理綱領や学術論文を手がかりに福祉教育ラボが独自に構成した実践の問いです。公的団体が指定した評価尺度や統一チェックリストではありません。職員研修、記録の振り返り、事例検討で使うときは、本人にとっての意味や状況を確認するための問いとして活用してください。
- 本人にとって、いま何が困りごとで、何が大切なのかを本人の言葉で確かめたか。
- 「分かりました」と言う前に、自分の理解が本人にどう伝わったかを確認したか。
- 親しい関係を理由に、本人が断る自由や他の支援者へ相談する自由を狭めていないか。
- 対応できること・できないこと、連絡方法や緊急時の対応を分かりやすく説明しているか。
- 本人への思いと、自分の承認されたい気持ちや仕事を抱え込む傾向を区別できているか。
- 本人の個人情報は必要な範囲で扱い、チームでの連携も本人の尊厳を損なわないようにしているか。
- 個人の頑張りに頼るのではなく、記録・相談体制・担当交代・休息など組織の条件を確認したか。
まとめ|寄り添うことは、関係と責任を丁寧に扱うこと
寄り添うことは、本人の話を聴き、経験の意味を確かめ、その人が相談し選べる条件を整えることです。ラポールがあるからすべてを任せてもらえるわけではなく、共感したから本人と同じ感情にならなければならないわけでもありません。専門職として境界を明確にすることは、関係を拒むためではなく、関係を利用せず、継続できる支援にするためです。
「寄り添っているつもり」だけでは、本人が何を経験し、私たちの関わりをどう受け取ったかは分かりません。本人の反応を聞き、必要なら支援者の理解や行動を改める。関係の距離を一律に決めつけるのではなく、本人の安心と権利、専門職の説明責任、組織による支援体制を併せて考えることが大切です。
本人の人生を代わりに生きることはできません。それでも、本人の声が置き去りにならず、必要なときには相談でき、選び直すこともできるように。福祉教育ラボでは、関係の温かさと専門職としての責任を、これからもともに学び、ともに考えていきたいと思います。
一次資料・主要文献
- 日本ソーシャルワーカー連盟「ソーシャルワーカーの倫理綱領(2020年6月2日改定)」(倫理基準Ⅰの専門的援助関係、自己決定、秘密保持/Ⅱ職場の責任/Ⅳ自己管理)
- International Federation of Social Workers「Global Social Work Statement of Ethical Principles」(参加、専門職の誠実性、個人的利益の禁止、自己管理と組織の責任)
- National Association of Social Workers「Code of Ethics: Social Workers Ethical Responsibilities to Clients」(1.02 自己決定、1.06 利益相反・多重関係・個人的SNS、1.07 守秘。米国の倫理基準であり日本の法令ではない)
- National Association of Social Workers「Code of Ethics (2021 updates and professional self-care)」(専門職のセルフケアと組織の責任)
- Rogers, C. R.「The necessary and sufficient conditions of therapeutic personality change, Journal of Consulting Psychology, 21(2), 95–103」(六条件のうち共感的理解と本人への伝達の位置付け。書誌情報と要旨に基づく)
- Barrett-Lennard, G. T.「The empathy cycle: Refinement of a nuclear concept, Journal of Counseling Psychology, 28(2), 91–100」(内的共鳴→伝達→本人の受け取り。書誌情報と要旨に基づく)
- Bordin, E. S.「The generalizability of the psychoanalytic concept of the working alliance, Psychotherapy: Theory, Research & Practice, 16(3), 252–260」(目標・課題・絆の三要素。ワーキングアライアンスはラポールと同一概念ではない。書誌情報と要旨に基づく)
- Online Etymology Dictionary「rapport (origin and history)」(フランス語rapport / rapporterが語源。橋を架けるは語源の直訳でなく比喩)
- 厚生労働省「障害福祉サービス等の提供に係る意思決定支援ガイドライン(第2版)公式掲載ページ」(第2版の本人の意思・選好を尊重する方針。本文では個別ページを引用せず、関連する考え方として参照)


